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ぼくが今の業界を志したのは、特に料理をやりたかった訳でもパンをやりたかった訳でもなく、ただ店をやりたかったから。
このタイトルだと、また飲食ビジネスの話かと思われそうだけれど、そういった話ではない。
この「ただ店をやりたかったから」は、これまでも口にしたり他のところで何度も述べているけれど、深掘りしたその先を書いていなかったので、今回はそのことについて。
これはみんな同じだと思うけれど、子どものころ仲の良かった友達が転校していなくなるのがとても寂しくて嫌だった。
社会人になってからも一緒に働いていた人が辞めるときには、転校して行った友達のことを思い出した。
自分で店を始めてからスタッフが辞めるときには、手が足りなくなることを困ったり、また募集をして見ず知らずの人との関係を築くのが面倒だな、といった思いもあるけれど、それ以上に友達や同僚を見送ったあのときと同じような感情が込み上げた。
それはキャリアアップといえる転職や独立といったおめでたい理由であったとしても同じだった。
ぼくは、いつからか「辞めることができる君らが羨ましいわ」と本音をこぼすようになった。
多くの客席が当然のように毎日埋まる環境にいると自分たちのやっていることが正しいことに思えたし、そこに自分がいることが楽しくて嬉しかった。だから自分が店をするときには、こういった環境をつくれば楽しくなるに違いないと考えていた。
ぼくが店をやろうと思ったきっかけは、「フランス料理を目指せばフランスで暮らせ、いつか自分の店もできるから一石二鳥だ」という、我ながらなんとも軽薄なものだったけれど、強くそれを意識するようになったのには、アルバイトをしていたファミレスでの原体験がある。
ファミレスのハンバーグや毎日のように食べていたパフェも好きだったけれど、それが安い時給でも働くモチベーションだったわけではない。
そこで上司も含めた仲間と働くのがとにかく楽しかった。だから18歳のぼくは、ずっとそれが続く店をつくればといいと本気で思っていたし、当時からそれを口にもしていた。
無論そのときには、大人になって知ることになる面倒な人間関係を想像すらできなかったけれど。
年功序列はないなぁと思いながら、それでもぼくは終身雇用という時代錯誤な日本的システムを目指してはいる。
そう思うとぼくがいつかやりたいお店というのは多少業態の変遷はあるけれど、18歳のときに決まっていた気がする。
「特に料理をやりたかった訳でもパンをやりたかった訳でもなく、ただ店をやりたかった」ぼくにとって料理やパンを学ぶこと、そしてお金を稼ぐことはあくまでも手段であり、本当の目的は「あの頃のような場をつくる」ことだった。
つづく