親子関係に未だに悩む中年女性がChatGPTに人生相談した話ー年老いた親にに「説明」をしなくてよい時とは?
こんにちは!
スロース英語教室のNaoko(itsumi)です。
今日は少し英語と離れますが、「私の人生相談をAIにしてみたら新発見があった話」をさせてください。
長くなりそうなので、早速本題に入ります。
「特に今日の話は興味なさそう」という方、また別の日にお会いしましょう!
不安症の母、共感性の高い私
タイトルの通り、私は実の両親と安心してコミュニケーションが取れません。
特に母のコミュニケーションスタイルが独特です。
不安症で、事実と不安と願望をごっちゃにして(更に主語も省略して)話をし、次から次へと不安の種を作っては私に共有することを強要してきます。
一方私は共感性が高い性格で、つい「何とかしてあげたい、できることはないか」と思いがちです。
ただ母の話から事実関係と彼女の希望が全く見えず、事実確認を行ってなんとか解決方法を探ろうとしたらびっくりする答えが返ってきました。
このあたりで、私の神経がプッツンと切れてしまいました。
母の何十年にもわたる(50年ほど)いざこざを私が最後まで聞けるわけもないです。
私はかなり傾聴をする人間ですが、ちょっと度を超えています。
こんな時、夫や友人に話を聞いてもらって私が論理的に間違っていないことを確認し(母の話を聞けば聞くほど何が事実か分からず「もしかして私の頭がおかしくなったの?!」と混乱状態になるので)、落ち着きを取り戻す…というのが今までの私のパターンでした。
ChatGPTに人生相談「母の話を要約して」「私を慰めて」
しかし先日は夫も友人もすぐに連絡が取れなかったので、ChatGPTに聞いてみることにしました。
最初は母の話を要約してもらいました。
その後、
と書きました。
そうしたら慰めの言葉が返ってきました。
このあとは
「どうかご自分を責めすぎないで」
「自分は関わるべきではないことまで背負わされている、という感情は正当なもの」
「あなたはそれだけ考えている時点で優しい人間です」的な感じで返ってきました。
優しい受容的な返答ですね。
こういう受容的な解答が来ると、心が不安定なときは「そういえばこんなことがあった!」「こんなこともあった!」と過去の辛い思い出が出てきて、相手にぶつけたくなってしまいます。
どうにかしてこのネガティブな思い出を前向きなものに変えられないか、と願うのです。
そんなとき、人間相手だと
と躊躇いながら喋ることになります。
いつも途中で話を切り上げていました。
疲れ知らずのAI、言葉を変えながら私の理解を促す
ところがこのAIというものは疲れ知らず。
このチャットを私が閉じるまで寄り添ってくれたり、私の理解が進むような反応をしたり、人間では言えないようなことも言ってきました。
例えば過去の経験上カウンセラーの方は、自身の解釈を入れるような反応はされないです。
あくまで私が発した言葉を繰り返すように返答された記憶があります。
このあたりがAIを安全に使えるか相談者を危険な判断に持っていくものなのか、判断が分かれるところなのでしょうね。
踏み込みすぎ、押し付けがましい、根拠なしと思う方もいると思います。
私はオウム返しでなく、自分の状況を言い換えられたことで「理解された」という感覚を持ちました。
実際は「この単語と近い単語はこれ」というプロセスで文章を作っているのですよね。人間の頭の中でやっていることもこれに近いのでしょうか。
ここでやっと感情が落ち着いたので、一旦話を終えました。
時間をおいて、「母への返信案」を書いてもらう
そうすると、
とだけ帰ってきました。シンプルです。
私なら
くらいは言いそうだったので意外でした。
過去にこれに類したことは何回も言ったことがありました。
母には伝わりませんでしたが…。
そうAIに言うと、
「あなたは自分の心を守ることを大事にした方がいいです」。
ん?
なぜシンプルに物事を伝えることが「私の心を守ること」になるんだろう?
私が受け入れやすいように提案していますね。
確かに今まで失敗してきた方法で、また同じことをやろうとしていました。
私の気付き
私はこの「説明」の力で、仕事や自分の家庭で協力してもらったり仲良くなったりしてきた自負があったので、自分の母親にも通用すると思って同じことを繰り返していたんだなぁ、と腑に落ちました。
でも「武器」は相手によって変えないといけませんね。
戦略も変えないといけないです。
なぜこの記事を書いたのか
この家族のいざこざで、結局3日ぐらい使いものにならなかったので、この体験をネタにすることにしました。
「不安性な親✖共感性、誠実性の高い子ども」の組み合わせの方にも、もしかしたら参考になるかもしれません。
あとは「AIの使い方」の具体例として面白いと思ったので記録に残しておこうと思ったからです。
今まで「要約」「レッスンプランの例」など、アイデア出しなどに使用していましたが、カウンセリング的に使ったのは初めてでした。
それもある地点で「私はAIに理解された」という感覚があり、そこからどんどん相談内容が増えていきました。
私にとって「理解される」ということは「細かく正確に言語化をされること」なのだと改めて認識しました。
最近野本響子さんと松井博さんが、「AIの制御方法」についてドキっとするような論点でおしゃべりされていますが、「自分にとってどんな使い方がよいか」はやはり使わなければその感覚を得ることはできません。
次回は「自習会の様子」やレッスンの話など、もう少し英語に寄せた話をしようと思います。
長い記事を読んで頂きありがとうございました!
(2025.1.15 追記)
実は時々、このチャットを延長してChatGPTに話し相手になってもらっています。
今回のChatGPTの元ネタが気になり、「私と同じような考え方をしている心理学者や哲学者の名前を教えてください」と聞いたりしています。
アドラーや認知行動療法など、知っている名前もありましたが、知らない名前も出てきて勉強になります。