ミネストローネとそぞろ雨【短編小説】1800文字
銀色の大きな観音開きの扉を開くと、そこは想像して創造するための世界が広がっていた。
周りに流されてここまで来たのだが、最後にはぐれてしまった。
そんな、大学3年生の秋。
シュウは企業のインターンシップに参加するため、数日前から上京していた。
地元を離れて都心で働くつもりはなかったが、同じ学部の友人たちが商社をはじめとする名だたる企業にエントリーしていたため、その流れでシュウもここにいるのだ。
自分のやりたいこと、できることがわかっていないと働けないのだろうか。
インターンシップ期間中、シュウはうまく立ち回ることができなかった。
スーツ姿も影響してはいるが、シュウは外見から想像される勝手な期待から外れており、企業の人たちや同じ学生の視線は痛かった。
今朝、シュウはこの世界からスープを想像した。コロコロとした、一口サイズの具を食べているかのようなスープ。
銀色の扉の向こうには、自由に使っていい食材が整理されて置かれている。
4分の1サイズのキャベツ、半分にカットされたたまねぎ、にんじん1本、ラップで包まれたブロックベーコン、ミックスビーンズの袋。
扉のこちら側には、これまた自由に使っていいらしいトマト缶があった。コーン缶はないようだ。
「まぁ、いいか」
何のためにここに来たのか、何も得られないまま地元に戻る自分が急に虚しく感じられ、シュウは違う電車に乗ってみた。
幸い、キャリーケースにはスーツ以外の着替えも入っている。
三上駅。
ふと自分と同じ名前の駅がアナウンスされて降りてみたはいいが、雨が降っていた。キャリーケースに傘は入っていなかった。
近くにコンビニかビジネスホテルがあるかと思い、小雨の中を歩いたがたどり着くことはできなかった。雨は強くなっていく。
耐えられず避難した軒先がこのゲストハウスで、シュウはオーナーに声をかけてもらい、朝を迎えることができたのだ。
キッチンの棚を見渡すと、小ぶりでオレンジ色のホーロー鍋を見つけた。
手に取るとずっしり重く、シュウは落とさないよう大事に抱えて、コンロにそっと置いた。
ブロックベーコンをサイコロサイズになるよう切っていく。
こつん、こつん、こつん、こつん。
包丁の扱いに慣れているわけではないが、母親が料理をしている姿は小さい頃からよく見ていた。
「こんな感じかな」
火をつけて、鍋に切ったベーコンを入れる。
炒めると脂が溶けだし、つるりとスケートリンクのようになった鍋の底でベーコンが滑っている。
「やべ、焦げそう」
一度火を止めて、たまねぎを切った。冷蔵庫に入っていた冷えたたまねぎを粗くみじん切りにする。
鍋にもう一度火をつけ、たまねぎを入れて馴染ませていった。
シュウは冷えた身体を温めた後、すぐに眠ってしまった。
だから、今朝はお腹がすいて目が覚めたのだろう。
水を飲もうと1階に下りていくと、キッチンで声をかけられた。
「そこに置いてあるパン、さっき焼き上がったんです。よかったらどうぞ」
指している方を見ると、籐のカゴに透明なビニール袋に入った食パンがあった。
「どうも」
軽く会釈して返すと、彼は2階に上がって行った。
シュウはまた急にお腹がすき、早速ビニール袋の食パンに手を伸ばし、大きくちぎってかぶりついた。
ふんわりと柔らかく、ほんのり甘い。
口の中でとろけそうに感じる食パンをまるっと1枚食べ、相棒を求めた。
たまねぎがしんなりとしたところで、水を加える。
沸騰させている間ににんじんをよく洗い、ベーコンと同じようなサイズに切って、急いで鍋に入れた。
キャベツもなるべく小さく切り、芯も残さずに使う。
シュウは父親の姿を思い出していた。
週末は父親も料理をしていた。父親もにんじんの皮は剥いていなかった。
皮がついたにんじんを一つ取り出して食べてみる。
柔らかくなっていることを確認して、水煮のミックスビーンズを入れる。
具沢山であることに心が躍り、コンソメを入れた。
「よしよし」
最後にトマト缶を入れて、味見をしながらケチャップを足していった。
キッチンにさっぱりとした香りが広がる。
シュウしかいないキッチンで、スツールに腰を掛けた。
カップにスープをよそい、カトラリーには木製のスープスプーンがあったのでそれを使うことにした。
食べ応えがあるスープ。
胃が『ここにあるぞ』と主張するように温まり、全身に伝わっていく。
食パンは皿には出さず、ビニール袋からそのまま取り出して食べた。
「・・・ごちそうさま」
キッチンの窓から朝の光が差し込んできた。
昨夜からの雨は上がったようだ。
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