春雨~電光石火~【短編小説】
今日のレースは散々だった。
決して散りゆく桜に目を奪われたわけではない。が、スタートで出遅れた。後輩をコーナーで抜かすことができても、最後の直線では春嵐の如く先輩に離されていった。
落ち込む僕の気配を感じたのか否か、隣で先輩が言う。
「俺たちの一生でさ、レースってのは電光石火のようだけどさ、全てなんだよな。」
僕が寮に来てから、先輩には世話になっている。
まだ母の傍にいたい年頃だったが寮に入った。走るためだ。
「腹をくくれ。もう母親には会えないさ。母親を大切にしたいなら、やることは走るだけなんだよな。」
僕に言い聞かせているのか、自分自身を再燃させるためなのか。先輩は大きな瞳で僕を見つめた。
それから練習では先輩と一緒に走ることが多かった。気持ちのいい走りをしていた。シギが飛び立つような軽やかさは、ハルという呼び名にピッタリだと思っていた。
今でもそう思っている。シギが桃色の水面を蹴って飛び立つようスタートを切り、ゴールに吸い込まれていく先輩の姿は観客の心をも捉える。
紫陽花の淡紅藤や鴨頭草の色味が心を落ち着かせてくれている。
空中の水分を纏っているのか身体は重い。が、この季節の僕の走りは冴える。
「今日はなんだかさ、お前の日だよな。負けないけど。」
負けないけど。その言葉は降り出しそうな曇天に消えそうだった。
『直線コースに入ってマイティハルが先頭!サザンレインが追う!・・・っと、マイティハル立ち止まったのか!!サザンレインが抜き出て先頭はサザンレインー!!!』
速度を落としてコーナーを曲がりながら振り返ると、先輩は後ろ足を引きずっていた。電光石火の一生が終わろうとしている。
曇天から光が差した。
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