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ショートショート|貸し借り

 日曜日の昼間、妻も息子も出かけてしまって暇だった私は、思いつきで書斎の大掃除をしていて、懐かしいものを見つけた。
 音楽CDだった。それもシングルCDだ。
 正方形に近いケースのアルバムCDとは違って、短冊のような形をしている。CD自体も、直径が半分以下の小さいものだ。今どきはまず、見かけることがなくなってしまった。

 懐かしい。私の脳裏に、昔の記憶が駆け巡る。
 子どもの頃はこんなCDを1枚買うのに、小遣いをはたいたものだ。もちろん、流行の曲を全部自前で買い揃えていたら、すぐに金がなくなってしまう。
 だから、レンタルショップで借りてきたり、友だち同士で貸し借りして、録音していたのだ。カセットテープやMDに。これらも、見なくなったなぁ。

 思えば、昔はなんでも貸し借りしていた気がする。
 ゲームソフトやマンガ本、映画やアニメを録画したビデオ。
 今は何でも、サブスクリプションやダウンロード購入で済んでしまう。貸し借りの文化は、きっと廃れてしまったのだろう。
 事実、レンタルショップの経営が立ち行かなくなっているという噂は、ちらほら聞く。

 時代が便利になった証拠ではあるものの、少し寂しく思ってしまうのは、懐古主義が過ぎるだろうか。

 などと、シングルCD片手にひとり浸っていると、インターフォンが鳴った。
 慌ててCDをそのあたりに置いて、応対する。
 玄関のドアを開けると、息子と同じ年頃の少年が立っていた。

「おや。君は誰かな。息子ならあいにく、留守にしているよ」

 見覚えのない顔だった。
 といって、息子のことはほとんど妻まかせだったから、交友関係についてもほとんど記憶していない。私の知らない友人がいたとしても、おかしくはなかった。

「ぼく、――といいます」
「なんだって?」

 ちょうど彼が名乗るタイミングで、爆音の改造車が家の前を横切った。
 そのせいで、名前を聞き取ることができず、私は聞き返した。

「貸したどぼろはを、返してもらいたくて」

 少年は私の聞き返しには答えず、自分の要件を告げた。
 どぼろは、とは聞いたことのない物の名前だが、玩具だろうか。それとも、なにかの略語か。

「どぼろは、って?」
「どぼろはは、どぼろはです。まだ返してもらってないんです」

 要領を得ない。借りたものを返していない息子が悪いのだろうが、残念ながら肝心の物の正体がわからないのでは、対処のしようがない。
 真剣な表情で私を見つめている少年に、私は残念そうな声色を返した。

「あいにく、息子は今留守なんだ。出直してくれるかな」
「え、」

 少年はいったん、目を大きく見開いて、

「でも! 今日ないと困るんです。今からみんなでキャンプに行く予定で、それで」

 見開いた目の端に、涙が溜まりはじめる。
 よほど大事な物だったのだろうか。しかもキャンプに使うような。
 まったく見当がつかないが、彼にとってはきっと、深刻な問題なのだろう。その真剣さに、私は降参してしまう。

「じゃあ、入りなさい。息子の部屋を探してみるといい」

 私はドアを大きく開き、彼を招き入れた。
 勝手に部屋にあげたと知れたら、きっと息子は怒るだろうが、そもそも悪いのはその息子自身なのだ。私は、自分の良心に従うことにした。

 しかし、それから数十分が経っても、彼はまだ家の中にいた。
 必死で、少年は息子の部屋を物色しつづけている。一向に探しものが見つからないようだった。

「もしかして、息子が持っていったのかな。今、サッカークラブに行っているはずなんだが」
「そんなはずはありません。どぼろはを、習い事に持ちこむなんて。そんなときは、家においていくのが普通です」

 少年は淡々と説明を返す。
 私は少し、焦っていた。これほど捜索に時間を要すると思っていなかったのだ。
 部屋に入ってすぐに「あったあった、これだ。これがどぼろはです」と見つけてくれて、「よかったよかった、じゃあ帰りなさい、気をつけてね」となるプランのはずだったのに。

 時計を見る。
 まずい。そろそろ、息子が返ってきてしまう時間だ。
 ほら、みろ。案の定、帰ってきた。荒々しく玄関のドアが開けられる。そして一目散に、うるさい足音がこちらへ近づいてくる。

「あーーーーーーっ!!」

 部屋に入るなり、大捜索後の荒れ果てた様子を見て、息子が叫ぶ。

「あー、じゃない。先に手を洗ってきなさい」
「手なんてどうでもいいよ! 何だよ、これ。散らかしちゃって! 何してんだよ、父さん」

 父の威厳でごまかそうと試みたが、どうやら失敗に終わったようだ。
 苦笑いするしかない。なおも捜索を続けようとする少年の肩を叩き、息子に対面させる。

「あっ、お前」
「よう。返してくれよ、俺のどぼろは」

 息子は少年の顔を見るなり、気まずそうな表情を浮かべた。
 どうやら本当に、どぼろはを貸し借りしていたようだ。

「いや、あれは、その」
「まさか、なくしたとか言うんじゃないよな?」
「いや、なくしてはいないんだけど、さ」
「じゃあ返せよ。もともと、一週間って約束だっただろ。もう一ヶ月経つぜ。今からキャンプ行くんだからさ、俺もどぼろは使わなきゃいけないんだよ」

 どうやら息子は、借りたときの約束を果たさず、ずいぶんと長いこと借りパクしていたようだ。
 借りパク。これも懐かしい響きだ。
 借りたまま盗むパクる、略して借りパク。昔のレンタルショップだったら、延滞料金を取られているところだな。

「借りたものは、きちんと返さないとダメだぞ。そんなに必要なものなら、お小遣いを貯めて自分で買いなさい」

 再び、父の威厳を発動する。今度こそ、うまく決まったようで、息子はしぶしぶと従った。

「わかったよ……」

そう言って私に近づき、腕を持つ。
少年のほうを振り返る。

「これだよ、お前に借りてたどぼろは」
「えっ」

少年は声をあげる。

「えっ」

私も声をあげる。

「すっげえ! めっちゃ上手く育ててんじゃん。まじで父親にしか見えねえ。全然気づかなかった、こんなにそばにいたのに!」
「苦労したんだよ。喋り方とか、威張り方とか。昔の記憶とかも、ネットでめっちゃ調べてさ。平成の頃のアイテム見ると、センチメンタリズム発動するんだぜ」

 何だ。
 何の話をしているんだ。

 訳もわからず固まる私の腕を、息子は少年のほうへと引っ張っていく。

「こんだけ父親っぽかったら、キャンプもばっちりだな」
「キャンプは……どうかな。一応、DLCはインストールはしたんだけど、まだ初期設定のままかも」
「オーケー、オーケー。向こうでなんとか、調整するよ。最悪、火起こしとテント設営のスキルさえ習得できれば、あとは何とかなるし」
「それくらいなら、すぐポイント貯まるんじゃない?」
「だよな。いやー、さすがだな、お前。どぼろはを父親に育てるのうますぎ」
「もうちょっとで、暇を持て余したときにゴルフのパター練習とかしそうだったんだけどなぁ。まあ、しょうがないか」

 しょうがないで済むものなのか、と怒鳴りかけた私を、息子は素早く制止する。コードをいじって、父親の威厳発動機能をオフにしたようだ。

 もはや、何も抗う気力が起きない。

 こうして私は、少年の元へ返されてしまったのだった。

<了>

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