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ショートショート|サイレント夏祭り
8月の夜。
6歳になったばかりの息子を、はじめて夏祭りにつれていくことにした。
息子は、日が沈んでから公園に向かうことに違和感を覚えながらも、少しワクワクしているようだった。
「ね、ね。お父さん。りんご飴って何?」
道端に現れ始めたのぼりを見て、息子が私にきいた。
「りんごのまわりにね、あまーいキャンディが塗ってあるんだよ。外はパリパリしていて、中のりんごを噛じると、じゅわっと甘酸っぱい果汁があふれるんだ。お父さん、好きだったなあ」
「へええ! 美味しそう。食べてみたーい」
解説しながら、私もりんご飴が食べたくなってきた。
焼きそばやかき氷は家でも作れる。最近では「屋台の味!」と題したレシピが出回ってきた。
が、りんご飴はそうもいかない。
あれこそ、お祭りの代名詞と言ってもいいんじゃないだろうか。
「お祭り、楽しみだなあ」
公園が近づくにつれて、興奮が高まってくる息子。
回覧されてきた自治会の広告を見る限り、屋台だけでなく盆踊りやスペシャルゲストも企画されているようだ。
夏の風物詩デビューを、幼い息子に目いっぱい楽しませてやらなければなるまい。
親としての決意を固める。
公園の入口に、長机を並べた受付が設置されていた。
ハッピをきたスタッフが、ちょこんと座っている。
私はその前に立って、話しかけた。
「すみません、大人ひとり子どもひとりなんですが」
「しーーーーーーーっ!!!」
途端、スタッフが立ち上がり、つばをかける勢いで制止してきた。
人差し指を唇の前に突き立てて。
静かにしろ、のジェスチャーだ。
次いでその指を、掲げた注意書きに向ける。
『騒音対策に、ご協力ください』
なんでも、毎年近隣からの苦情が増えていて、このままでは来年の開催も危ういのだそうだ。
そういえば、ニュースでもしばしば話題になっている。
夏祭りや除夜の鐘など、季節の行事にさえ「うるさい」とクレームを入れる人間が増えているのだとか。
私からすると、それほど苦痛ならば引っ越してしまえばいいのに、という感覚なのだが、そういった声にも耳を貸すのが、俗に言う多様性なのだろう。
に、しても。
話し声まで制限するのは、いささかやりすぎではなかろうか。
「この公園は、360度、隙間なく、悪質なクレーマーに、囲まれているんです」
ささやき声でぼそぼそと、スタッフが解説する。
そんな悪条件ハードモードで夏祭りを開催しなくてもよかろうに。
むしろ会場となった公園が存続できていることに奇跡を感じながら、私はスタッフのささやき声に耳をすませつづけた。
公園内は私語禁止。
お連れ様とのやりとりはスマホのメッセージアプリか、筆談でお願いします。無料で携帯用のホワイトボードをお貸ししています。
気分を盛り上げていただくために、お祭り中はこちらのヘッドフォンを装着することをおすすめしています。サラウンドな立体音声で、祭り囃子や音頭を楽しむことができます。話し声や雑音は、プロのDJがリアルタイムで演出してくれます。
会場に入りましたらまず、現役の忍者による忍び足講座をお受けください。
小さな足音ひとつからも、クレームは生まれるのです。けっして油断なさらないように。
ちなみに、甲賀流です。
度を越している、という度を越していて、なんだか楽しみになってきた。
親子ふたり分のヘッドフォンを受け取り、私たちは忍び足講座を受ける。
忍者の説明はとても丁寧で、わかり易かった。
プレゼン慣れしていることが感じ取れた。
息子の飲み込みの速さに舌を巻きつつ、私もかろうじて、抜き足・差し足・忍び足の歩法をを習得した。もう少し粘れば水蜘蛛の術まで到達できるそうだが、活用の場がないため辞退しておく。
会場に入ると、熱気と喧騒が一気に溢れ出た。ヘッドフォンから。
音量がでかい。
臨場感を通り越して、もはやこれが騒音だ。耳が悪くなりそうだ。
調節するボタンを探してヘッドフォンをまさぐるが、どこにもない。どうやら手元ではいじれないようだ。
息子がこちらを向いて、何やら苦悶の表情を浮かべながら、私に話しかけている。
いけない。
会場内は私語禁止だ。
私は、我慢しなさい、のジェスチャーでそれを制しながら、かき氷を買い与えて口を封じる。食べている間は、ひとまず大丈夫だろう。
それにしても、異様な光景だ。
浴衣を羽織り、うちわで風をあおぐ人々。その目線は一様に、スマホやホワイトボードに集中している。
屋台の中にはスタッフが控えているが、呼び込みはおろか、調理作業すら一切やらない。焼きそばはパックに入って山積みにされているし、かき氷は大型冷凍庫の中で陳列している。
調理の際の雑音も、クレームのもとになるのだろう。
なんとも、生きにくい世の中になったものだ。
そのうち、盆踊りが始まった。
日頃から練習を重ねてきたのであろうマダムたちが、揃いのハッピを着て櫓を囲む。
音頭に合わせて踊り、手拍子を打つ。
……何やら、手が白い。
よく見ると、みんな軍手をはめている。
手拍子の騒音を防ぐためなのだろうか。
私は出来心で、ヘッドフォンを外してみた。
音頭が消えた世界線でも、マダムたちは相変わらず、踊りながら櫓まわりをぐるぐる回遊している。
抜き足・差し足は欠かさずに。
無音。
無音。
無音。
もふもふんっ、もふっ。
無音。
無音。
無音。
もふもふんっ、もふっ。
小気味よいはずの手拍子が、軍手によって不気味な音に変容していた。盆踊りの持ち味が失われている。
お父さん、あれやりたい。
袖引きとジェスチャーで、息子が訴える。その指先には、千本引き。
私が許可をして金を払うのを見届けると、意気揚々とくじを引く。
ぐいっ。
その先端には、子どもに人気のキャラクターが描かれた、耳栓がついていた。
いや、景品にまで騒音対策要素を入れなくてもいいだろうに。
当たった品物が何なのか見当がつかないようで、息子は嬉しいとガッカリの中間の表情を浮かべながら、首をひねっていた。
そこへ、スペシャルゲスト登場。
櫓に登ったのは、テレビでもちらっと見た覚えがある、若手の漫才師だった。
トークが始まる。
数秒で、気づく。
口パクだ。
ヘッドフォンから聞こえる棒読みの録音。ツッコミのタイミングが合っていない。
本人たちもやりがいを感じないのだろう。口元はにこやかだが、目の色は無感情を訴えていた。
ねえ、お父さん。そろそろ帰ろう。
息子がふたたび、袖を引く。
私もさすがに、そろそろげんなりしてきた。
お目当てのりんご飴だけを買って、会場を後にする。
帰り道、親子で交互にりんご飴をかじった。
その味は、思い出と変わらず美味しかった。
外はパリパリしていて、中のりんごを噛じると、じゅわっと甘酸っぱい果汁があふれる。
「お祭りはヘンテコだったけど、りんご飴は好きだよ、僕」
私は息子の感想に微笑みながら、時代によって変わっていくものと、変わらないものに、思いを巡らせるのだった。
<了>
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☀この記事はクロサキナオさんの企画参加記事です☀
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