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ショートショート|離婚式

 古びた教会に、ミスターと呼ばれる牧師ロボットがいた。
 今は仕事がないので、スリープモードでうなだれている。新文明以降、起動している時間のほうが短いくらいになっていた。

 そのミスターの前に、男と女が揃って現れた。
 男がポケットから財布を取り出し、投入口に1万円札を入れる。

「こんにちは、どのようなご要件ですか」

 すると、即座にミスターがスリープ状態から回復して、定型文で応じた。
 女のほうが、腕を組んだまま切り出す。

「ミスター、わたしたち、離婚しようと思うの」

 ミスターはその声のトーンに、冷静さと緊迫感を同時に読み取った。男の方を見ると、うつむいたまま、何も言わずに立っている。

 ミスターは少し考える。自身のベストな言動を計算する。夫婦の問題だ。あまり首を突っ込みすぎるのもよろしくない。かといって、ふたつ返事に応じるのも事務的すぎる。
 考えた末に、少しだけ説得を試みることにした。

「おふたりの決断ですから、私がとやかく言うべきことではないことは重々承知しております。しかし、もう一度考え直してみてはいかがでしょうか。データを確認しますと、おふたりはまだ、結婚なさって日も浅いようです。気にそぐわないことがあったとしても、一過性のものである可能性も否めません。どうでしょう、いったん今日は提案を取り下げて、話し合ってみては」
「十分に話し合った結果で、決めたんですよ」

 男のほうが、少々うざったそうに言った。
 女がひじで小突く。舌打ち。
 確かに、ふたりの関係は冷え切っているように見えた。

「でね。離婚式をしようと思って」
「離婚式ですか」

 ミスターは検索しながら相槌を打った。離婚式なる不思議な儀式が旧文明に存在していたというデータは見つかったものの、詳細は限られていた。

「あいにく、私に搭載されたデータの中には、離婚式に関するものがないようです」
「じゃ、ミスターが考えて」

 そう言われ、ミスターは再び思索モードに突入する。
 牧師ロボットに大したクリエイティブ機能は搭載されていない。概ね、結婚式の真逆をやればよいだろう、という判断に至った。

「では、離婚式料を支払ってください」
「いくらかしら」
「1万円です」

 金額を告げると、女はミスターのカバーを開いて、からまっていた1万円札を抜き取った。さきほど、男が投入したものだった。
 カバーを閉じて、再び投入口からお札を支払う。

「ありがとうございます。確かに受領しました。では、おふたりの新たな門出に祝福あることを祈って、離婚式を執り行いましょう」

 ミスターのスピーカーからメロディが流れる。離婚式にふさわしいメロディのデータがないため、適当に選曲された陰鬱なクラシックだった。
 それらしく雰囲気を作った後、ミスターの目からレーザーポインターの赤い光が発された。男の額に、照準が当てられる。

「あなたは、こちらの女性を他人とし、健やかなる時も、病める時も、 無関心に、嫌い、貶し合い、ともに足を引っ張り合い、死が二人を分かつまでそ邪心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」

 誓いの言葉もデータがないため、ミスターが即興で捏造した。
 男は特に内容も聞いていない様子で、即答する。

 ミスターは、次いで女の額へ、レーザーポインターの照準を合わせる。

「あなたはこちらの男性を他人とし、健やかなる時も、病める時も……」
「はい、誓います」

 誓いの言葉が定型文と悟るや否や、女のほうは途中で遮りながら返事した。
 ミスターは気を悪くしない。あくまで牧師ロボットの仕事を徹底する。先ほど投入された1万円札をうまく加工してリングを作った。それをアームで男に手渡す。

「それでは、誓いのリング破壊をお願いします」

 男はごつい指先でリングをいろいろな角度から眺め、綻びを見つけるとくるくると解きはじめた。元の1万円札の形状に戻すと、丁寧にしわを伸ばす。
 そして、ミスターの投入口に入れた。
 即座に、ミスターは反応する。

「リングが破壊され、男性から、慰謝料が届きました。受け取りますか?」
「受け取るわ」

 問うと、女性は手を出しながら頷いた。ミスターは彼女が受け取れるように、1万円札をゆっくりと吐き出す。

「これにて、ふたりは完全な他人となりました。おめでとうございます」

 ぱちぱちぱち、とふたり分の拍手が、むなしく響く。
 ミスターはそれを録音し、増幅させ、教会内に盛大な拍手を演出した。

 男は祝福を存分に浴びると、ミスターと女に背を向けて、教会を去っていく。

「あ、次は来週でいいかしら?」

 去りゆく背中に向けて女が声をかける。男は振り向かずに手を振った。最後まで役に徹しているようだ。
 男の姿が見えなくなると、女はミスターのタッチパネルを操作しはじめる。

「ミスター、結婚式の予約をお願い」
「はい、日時はいつごろをご予定されていますか」
「来週の、同じ曜日、同じ時間で」
「では、挙式料1万円を投入してください」

 事務的な手続きのあと、女は先ほど慰謝料として受け取った1万円札をミスターに投入する。

「確かに、受領いたしました。では、来週のこの時間に、お待ちしております」
「お願いね」

 一連の作業を終えて、女はミスターの電源を落とした。ハッチを開け、投入したばかりの1万円札を回収する。

 さあ、今日から一週間以内に、新たな恋がはじまるのだ。といって、相手はいつもの男なのだが。
同じ相手でも、出会い方や関係性の育み方が違えば、少しはときめく。今回は、劇的な出会いで電撃結婚したものの、生活上の習慣に折り合いがつかず、数日で離婚する夫婦という設定だった。後半のピリついたやりとりが、とてもスリリングで楽しめた。
 次は、男が演出とストーリーを考える番だ。一体、どのパターンでくるのだろうか。
 女は初めて対面のときのセリフをいくつか考えて、演技してみる。自分はどんなキャラクターでいこうか、と候補を選びながら。

 旧文明が滅び、遺されたテクノロジーの中、人類の再興を願って遺された男女がいた。
 最後のふたりとなった彼らの生活はほとんどが旧テクノロジーによって管理され、子作り以外に仕事が残っていない。ゆえに、ふたりはその作業に至るまでの過程に、創造性を働かせることになっていった。
 恋愛と結婚、それに関わる出会いと別れのドラマは、ふたりにとって唯一の娯楽なのだ。

 金銭の価値がなくなり、提示される金額にリアリティがないことは女にとって不満だったが、どうしようもない。
 最後の1枚となった1万円札を丁寧に財布に収めながら、女は鼻歌を刻んで、出会いの時を待つのだった。

<了>


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