『ジェリーフィッシュは凍らない』を本気で推理しながら読む(後編)
市川憂人著『ジェリーフィッシュは凍らない』を本気で推理しながら読み進めて、真相が明かされる前に謎を解明します。(ネタバレを含みます)
*この記事は後編です。
前編はこちらから
インタールード Ⅳ
主な内容:計画の最後の問題点は、どこに身を潜めるからしい
P氏には「心強い連れ」がいるらしい。誰だろう
連れのことを”彼女“と表現していることから女性?
生きている女性登場人物といえばマリア刑事くらいで、マリア黒幕説が一瞬頭をよぎったけどさすがに違うよね。
連れ=ジェリーフィッシュかな?
”彼女“と表現していることについては英語では船を受ける代名詞にsheを使うこともあるし不自然ではない。
ジェリーフィッシュと開発者のレベッカを重ねているのかも。
P氏がジェリーフィッシュに乗って隣国へ逃げたことは推測できるものの、犯行後、雪山からどう脱出したのかは明かされていない。
ジェリーフィッシュに乗って逃げたのなら、どうやってジェリーフィッシュをもう一台用意したのかが不明。
ジェリーフィッシュを使っていないのなら、そもそも全てが不明。
やはり、犯人の脱出方法が一番の謎になりそうだ。
第9章 ジェリーフィッシュ Ⅴ
主な内容:なんかクリスが死んだ
クリス死亡は予想通りだったが、ウィリアムがクリスを撃ったことは予想外。
犯行のエドワードからしても、計画にないことだったのではないか。
ウィリアムが撃たなかったら、自分が撃つつもりだったのかも。
エドワードからしたら、殺す手間が省けてラッキー程度のことで計画に狂いはないのかな。
そして、サイモン、お前もレベッカ殺害に関わっていたんか…
じゃあサイモンどこ行ったんだ?
第10章 地上 Ⅴ
主な内容:推理パート始まったかと思ったら、教授の別荘が燃えた
推理パートが始まりそうということで、章を読む前に自分なりの結論を出していきたい。
以下、真相予想
犯人:エドワード
犯行動機:レベッカ殺害の復讐。
犯行方法:船員を殺害後、自分の死体の身代わり(注1)を用意して自分の死を擬装し、ジェリーフィッシュ(注2)に乗って脱出。
(注1)
身代わりの死体はおそらく切断遺体で、乗船時にクーラーボックスかなんかに入れて持ち込んだのだろう。
切断遺体なら、そんなに体積をとらない。
誰の遺体かということについては、船員同様レベッカ殺害メンバーであるサイモンの遺体可能性が高い。
まあ、誰かについてはあまり重要じゃないかな。
容疑者某の献身みたいにそこら辺のホームレス殺してる可能性もあるし。
(注2)
問題は、エドワードが逃走用のジェリーフィッシュをどうやって現場に用意したかだ。
これについては、もう一度読み返して見たけれど手がかりがあまりない。
その中で推理したため、私の想像で補完した部分が多く含まれるが、聞いてほしい。
ジェリーフィッシュを用意した方法、
それは、犯行のずっと前に、逃走用のジェリーフィッシュを現場に隠しておいたのではないだろうか。
犯行現場の雪山は、犯人が自動操縦を使って指定したものだから、事前に何かの仕掛けをしておくことが可能である。
また、地形のでこぼこした雪山なのだから、大きなジェリーフィッシュでも、雪で埋めたら不自然さは残らず隠せるだろう。
しかし、長い間雪に埋もれていたらジェリーフィッシュは使い物にならなくなってしまうのではないかと思うかもしれない。でもそれは問題ない。なぜなら…
ジェリーフィッシュは凍らない
普通の飛行船だったら雪に埋もれている間に気嚢内のヘリウムが抜けて使い物にならなくなってしまうだろう。
でもジェリーフィッシュは違う。
気嚢内の空気を抜けばまた飛べるようになる。
ジェリーフィッシュの強みはまさにそこだろう。
現実世界にあるようなヘリウム型飛行船は一度空気を抜いてしまえばもう空へ浮かぶことはない。
もう一度ヘリウムを充填するとしても、大量のヘリウムボンベを積載しておかなければならず、重量的に厳しいだろう。
対して、ジェリーフィッシュは空気を抜くだけでまた浮上できる。
空気を抜くためのエアーポンプは、高度調整とかに必要だから搭載されているはずだ。
読み飛ばしがなければ矛盾点はないはず。
結構良い線いってるんじゃないかな。
タイトルやレベッカの思わせぶりな言葉も回収できたし。
以下、第10章を読んで
予想と反する出来事はなし。
ジェリーフィッシュ現場にあった説を否定する根拠として、現場に置いておくと風で飛ばされてしまうというものが挙げられていた。
→気嚢の中に空気を入れることで浮力を失ったジェリーフィッシュはかなり重いはずで、風には飛ばされなくなるのでは。
教授の別荘が燃やされたのは?
→単なる復讐?ジェリーフィッシュについての情報を消すため?
インタールード Ⅴ
主な内容:P氏とレベッカはプレゼントを送り合う約束をしたが、果たされなかった
正義の復讐者であるはずのP氏も、レベッカからしたらただのストーカーなんじゃないかということを懸念していたが、レベッカも結構好意的に思ってくれるっぽい。
よかったね。
よくないけど。
第11章 ジェリーフィッシュ Ⅳ
主な内容:リンダ死亡、そしてエドワードが死亡したように見えるが…
エドワードの遺体は擬装された別人の遺体だろう。
実際、嘘を書いてはいけないとされている地の文では「青年の身体」としか書かれておらず、遺体の主がエドワードだとして書かれているのはウィリアムの思考の部分だけである。
一方、他の死亡シーンは、地の文で死亡が確定している。
その後ウィリアムも死亡し、残る生存者はエドワードのみ(作中人物視点では0人)になった。
事件はここで終了。
結構いい推理ができたのではないだろうか。
自信度は95%くらい。
細かい点で真相と違うことはあるにせよ、大筋は間違ってないと思う。
以下、読了して
え、、、全然違った……
本当に全くと言っていいほど違った。衝撃的すぎる大敗北。
まさか、叙述トリックが仕掛けてあるとは思わなかった。
叙述トリックを使ったミステリは今まで何冊か読んだことがあるけれど、叙述トリックものという事前情報なしで読んだのは初めてだった。
事前に知らないとこんなに衝撃的なんですね……
読者に仕掛けられた叙述トリックは主に三つだ。
・ジェリーフィッシュが最初から二隻あった点。
・P氏が子供だった点。
そして、この本自体に、孤島もの、特殊設定ものといった強い属性を帯びさせることにより、叙述トリックものであるということを事前に気づかせにくくした点。
まず、ジェリーフィッシュが二隻あったことについてだが、気付く余地は確かにあった。
私が第1章の考察で言及したリンダの相部屋問題などだ。
船が最初から二隻あったかもしれないという発想が浮かびさえすれば、真相を導けただろう。実際に発想できるかは知らん
そして、読者に与えられていた航行計画書とマリア達捜査側が持っていた航行計画書が同一のものではなかったという点も面白い。
推理小説では地の文で嘘を書いてはいけないという鉄則がある中で、航行計画書は地の文のようには見えるが、よくよく考えてみると嘘が仕掛けられても文句は言えない。
作中で航行計画書が擬装されていたことが言及されているのだから尚更である。
航行計画書に嘘を仕込むというのはまさに盲点だ。
確かに、読み進めていく時、読者視点では突然登場した重要人物であるはずのサイモンが、なぜか作中人物には全く触れられることなく物語が進行していくことに不気味さを感じていた。
また、私の推理の方向性と捜査側の推理の方向性がいまいち一致しないといった、漠然とした違和感を感じていた。
読者と捜査側に与えられた情報に齟齬があったというのは、なるほどといった感じだ。
次に、P氏が子供だったという点。
読み返してみると、P氏が大学生くらいの青年であるということを導くミスリードが多く仕掛けられていた。
まず、読者が初めに出会うプロローグのP氏は大人であり、そこでインタールードのP氏も同じく大人であろうという先入観を持ってしまったことだ。
そして、インタールードⅠで書かれている「A州立大学の近くに居を移し」という文には、大学進学を期に居を移したと誤解させる仕掛けがあった。(実際は、子供時代両親を無くして養父母に引き取られる際に居を移した)
P氏を大人とすると、レベッカからしてP氏がストーカーにしか見えないという違和感が確かにあった。
P氏を無邪気な子供であるととするなら、レベッカの対応も自然と言える。
そして、叙述トリックものであるということを読者に気付かせなかった点。
通常、本を売る側からしたら、多く売るためには叙述トリックやどんでん返しといった人気な要素を帯やポップなどで全面に打ち出さなければならず、どうしても本の中身を読む前に情報を知ってしまう。
しかしそれはネタバレのようなもので、読者の楽しみを現象させることに繋がる。
そこで、本書は孤島ものや特殊設定といった他の人気要素を持つことで、叙述トリックをアピールしなくても買ってもらえるよう仕向けているのである。
これは、叙述トリックものやどんでん返しもののミステリが孕む不可避な問題に対する一種の解であると言えよう。
最後に
本気で推理するという本来の目的からすれば、失敗という結果になりましたが、楽しい読書体験でした。
また他のミステリを読む時にリベンジしてみようと思います。