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『千夜千字物語』その3~秘めた思い
「あいつらどこ行った?」
「はぐれちゃったね」
「はぐれちゃったね、じゃねーよ! マイが肉まん買うなんて言うから」
「そーゆーサトシだって食べてんじゃん!」
2次会から3次会へと移動中にみんなとはぐれ、
二人は街中を彷徨い歩いていた。
「電話もでねーし」
「みんなだいぶ酔ってたから、気づかないのかね」
一年ぶりに大学時代の仲間で集まっていた。
卒業間もないころは10人前後いたメンバーも
入れ替わり立ち代わりで、
いまの7人に落ち着いたのはここ3年ぐらい。
ただ、サトシは大阪に転勤してからなかなか参加できず、
2年ぶりの参加だった。
じつは、マイは学生の頃から
サトシへの思いを胸に秘めていた。
この10年間打ち明ける機会はいくらでもあった。
それでも思いを伝えなかったのは、
気まずい関係になるよりも
傍にいるだけで幸せだったからだ。
それだけにマイにとってこの2年は
とても辛いものだった。
そして会えない時間が
マイを大きく変えていった。
「サトシに打ち明けたい」
マイの感情はいまにも爆発しそうになっていた。
「例の彼女とはどうなったの?」
「もう時間の問題かな」
サトシはアスファルトを見つめながらうんざりするように答えた。
「マイこそどうした? 束縛彼氏とは」
マイはうれしかった。興味を持ってもらえたことで、
もしかしたらと淡い期待に胸を膨らませた。
「さすがに別れたよ。愚痴を聞いてもらってたのはもう1年前だし」
「そんなに経つかー」
そう言って笑い合った。
いつしか雨がポツポツと降ってきた。
サトシが近くのコンビニで傘を買ってきた。
「あまり降ってないから1本でいいだろう?」
マイは頷いた。内心ドキドキしていた。
傘に入ると、二人の間に微妙な距離ができた。
(私たちの関係でこの間ってあったっけ?)
意識すればするほどいろんなことが気になってくる。
「いつ帰るんだっけ」
「明日の15時の新幹線」
「そっかー」
沈黙が流れたその時、ふと手が触れ合った。
そして互いにすぐ手を引っ込めた。
もしかしたらサトシも自分と同じ気持ちかもしれない、
マイは思った。
雨がしだいに強くなってきた。
アスファルトに打ち付ける雨音が大きくなる。
急かされるようにマイの胸も高鳴っていった。
マイは意を決して
「またしばらく会えなくなるんだね……寂しい、な」
今言える精一杯の本音を呟いた。
サトシはマイをまじまじと見つめ、そして抱きしめた。
「オレも寂しい」
マイの耳元で囁くと、
激しい雨が二人を包み込んだ。