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『千夜千字物語』その24~自殺
車の前にフラフラっと青年が飛び出してきた。
男は急ブレーキをかけ、
間一髪青年の目の前で止まった。
そして車を降り
「死にたいのか!」
と青年に詰め寄ったが、
放心状態の青年を見て男は考えた。
「車に乗れ」
青年を助手席に押し込み車を出した。
「死にたいならその命私にくれないか?」
男は車を走らせながら言った。
一時間走っただろうか、
男はある古い建物の前で車を停めた。
中に入ると古めかしい椅子に青年を座らせ、
後ろに組ませた手と椅子の背を共にロープで括り、
両足も縛って身動きができない状態にした。
「しばらくこのままでいろ」
とだけ言って男は出て行った。
「朝飯だ」
男はそう言って
細いチューブを青年の口の中に入れ、
200ccぐらいの液体を2袋分流し込んだ。
生きる気力を失った青年に
食べる気力などないだろうと考えてのことだった。
次の日もその次の日も男はやって来ては
流動食を与えていった。
青年の顔色はみるみる良くなり生気が出てきた。
やがて青年は正気を取り戻したが、
今の状況がすぐに飲み込めなかった。
「なんでこんなになってんだよ」
暴れるが身動きができない。
そこでこれまでの経緯を思い出した。
「命取られてる?」
青年は思い出し青ざめた。
すると男がやって来た。
「やっと正気を取り戻したか」
「何をする気だ」
「君の命は私のものだ。どうしようが勝手だと思うが」
「なら、早く殺してくれ!」
男は笑って青年の前に座った。
「死に体のヤツを殺しても面白くないだろ?
これからだよ、お楽しみは」
いつどうやって殺されるのだろう。
想像を超える不安のまま
青年の無意識レベルに恐怖心を植え付けるのは、
10日間もあれば十分だった。
男がいない間はまだ平穏でいられるものの、
男が来ると身体は震え血圧は急上昇する。
「そろそろいいかな」
男はゆっくりと立ち上がり
青年の前へと歩みを進めた。
そして青年の後ろに回ると
縛っていたロープを解き始めた。
青年は隙を見て逃げようかとも考えたが、
身体が震えてそれも叶わないと諦めた。
しかし、男はロープをすべて解くと
「さあ、解放してやる」
言って両手を広げた。
訳も分からず青年は戸惑っていた。
「信用できないか? ならば説明してやろう」
と言って話し始めた。
男は10年前に娘を亡くしていた。
だから生きたいと願う娘は死にんだのに、
生きられるヤツが自ら命を捨てるのが
許せなかったのだと。
「お前はもう十分に死の恐怖を味わった。
もう簡単には死ねない身体だ」