山崎製パンが爆ギレした件から、食品表示と食品添加物について語ろう。
2019年、パンメーカーの最大手山崎製パン(以下「ヤマザキ」)から突如リリースが出され、食品業界の一部が騒然とした。
リリースのタイトルはこうだ。
『「イーストフード、乳化剤不使用」の強調表示について』
これは今でもヤマザキのトップページから読めるので、ぜひ一度覗いてみてほしい。詳細に読まなくても、熱量のエグさが伝わる。
背景から説明すると、ヤマザキってパン業界ではぶっちぎりのトップなんだよね。2位のフジパン、3位の敷島製パン(以下「パスコ」)でが3強なんだけど、この中でも売上高は2位のフジパンの4倍強。
まさにパン業界の王者なんだ。
さて、当時食パンで一番売れてた商品ってなんだろうか。ちょっと年代が高い人だとダブルソフトって言うかもしれない。
これも発売時はヤマザキの中で発売するかすごい揉めたって話があって面白いんだけど、今回は割愛しよう。
答えはパスコの「超熟」。今買ってるって人も多いんじゃないかな。1998年に発売してから、パスコのみならず食パンを代表する商品になっている。
さて、何度も繰り返してる話だけど、トップメーカーがそのカテゴリーの代表商品で負けるのはあってはならんことなのよね。
ヤマザキも当然黙ってはおらず、2012年に「ロイヤルブレッド」を発売している。これもヒットはしているし、今もヤマザキの基幹商品だ。
ただそれでも、「超熟」の牙城は崩せなかったんよ。
その「超熟」、発売当時からのこだわりがある。
それは、食品添加物を使っていないこと。そして当時強く謳っていたのが「イーストフード、乳化剤不使用」という言葉なんだ。
で、他社のヒットを目の当たりにすると、当然他のメーカーも追随するよね。フジパンの「本仕込」も、その他のメーカーもこぞってイーストフード・乳化剤不使用を謳ったわけです。
正直、イーストフードも乳化剤もメーカーの論理で言えば間違いなく安全だし便利なもの。だけど、一般のお客様としてはそりゃ「食品添加物は無いにこしたことはない」。
これは実際、意識調査とかでも出てるし、売り上げも変わる。同じ値段で片方が食品添加物フリー、片方が食品添加物使用だと、やっぱりフリーを取るよね。
で、話は冒頭に戻るんだけど、ヤマザキがこの件に噛みついた訳です。
簡単に言うと以下の通り。
「『イーストフードや乳化剤不使用』ってめっちゃ他のメーカーが言ってるけどさぁ、製品調べたら似たようなもん入ってるよなぁ?
これで『不使用』とか言っちゃうの、ええんか?」
そうなんです。 イーストフードの代わりも、乳化剤の代わりも、表示に出さずに原材料を加工して作る方法があるのです。
色々な方法があるんだけど、なんとヤマザキは訴えの中でその手法もバラしちゃった。酵素使うとか、ドロマイト使うとか、乳製品使うとか。
酵素の話は以前にnoteに書いたので、もしご興味あればどうぞ。
この辺りを超わかりやすく言うとこんな感じかな。 緑の絵の具を使うのがめっちゃ嫌われてる世界で「あいつら緑の絵の具そのものは使ってないけど、青と黄色混ぜて緑色作ってるじゃん!」と告発した感じ。
しかもその詳細な分析結果までホームページに載せちゃってて「もうネタ上がってんだよね」という一分の隙もない、キレッキレの内容をいきなり叩きつけたわけです。
当時外から見てた僕は正直震え上がったね。
僕は酵素が専門だから、パンメーカーが酵素を使ってるのは知ってたけど、マジシャンがマジックの種晒すようなことで、ここまでやるかと。
ただ、ヤマザキからすると他メーカーを貶める意味は無いと思ってるんだけどね。 ヤマザキって大きい会社だし、わりと添加物に対して寛容なゆえに叩かれがちな企業だけど、美味しいパンを手頃な価格で届けることを使命としてる会社なのは疑いないと思うんよ。 実際、災害あるとどの食品メーカーよりも先にトラックにパン積んで被災地に走らせる会社だしね。
腹に据えかねたところはあるとは思うけど、それ以上にパン業界として、そういうグレーなことを業界でやってていいんですか? っていう、リーディングカンパニーとしての役割を果たそうとしたんだと思うよ。 ヤマザキだってこんなん出したら、少なからず叩かれるのは覚悟してただろうし。
ただこの件、こちらがハラハラしてたのとは裏腹に、世間には広がらなかったなという印象はある。
まぁちょっと難しいし、内容がとっつきにくいよね。30秒のニュースとかでは、とても伝え切れる気がしないもん。
ただやはり業界での影響は大きかった。 この件の事の顛末としては、この後日本パン工業会で「イーストフード・乳化剤不使用」という強調表示は自粛することが決まり、他メーカーはこの表示を外している。
実際、日本食品添加物協会のガイドラインでも「好ましくない例」に抵触しかねないし、ヤマザキのリリースには全く反論の余地もないし、客観的にみて妥当な判断だと思う。
さてこうした騒動を経て、現在の食パンのシェア1位はどうなったかというと…やっぱり超熟のままです。イメージなんてそう変わらないわな。
それに、超熟も実際美味しいしね。 工程中でイーストフードや乳化剤の代わりは作れるといっても、やっぱりそこにも技術やノウハウはあるし、パン作りも当然その2つの有無だけで全てが決まる訳じゃない。 超熟も名前の通り、湯種を時間かけて熟成させてることに技術的価値があるし、お客様もそれを認めてくれてるから売れている。
表示の話だって、そういうルールだからね。何一つ悪いことしてない。創意工夫の一つ。
あ、言うまでもないけど、ヤマザキがイーストフードや乳化剤を使わずにパンを作る技術を持っていないわけでもない。 分かってて、あえて使っているだけ。じゃないとあんな分析結果も出せないし、テクニックも晒せない。
さて、この件から僕が何を言いたかったかって言うと、
食品添加物って結局なんなの?
ってことなんだよね。
ぶっちゃけ、今回みたいに表示に出さずに添加物のようなものを作ることは出来る。上のnoteに書いた酵素技術なんてまさにそれ。
そもそも、食品と食品添加物の境目だって曖昧。散々話題になるグルタミン酸ナトリウム、いわゆる味の素は、水に溶ければグルタミン酸、つまり単なるアミノ酸。ステーキ食べれば消化されてあなたの身体の中でたくさんグルタミン酸が吸収されます。
大豆も卵黄もそのままだと食品だけど、そこからレシチンを抽出して乳化剤として使うと食品添加物。でも、レシチンは元は大豆や卵黄に含まれているわけで、ただ抽出しただけだよね。
イーストフードもミネラルの集まったものだし、乳化剤なんてそもそも表現がざっくりしている。水と油をなじませるものが「乳化剤」なんだから、極論タンパク質だって卵黄だって乳化剤なわけだよ。大抵ショ糖脂肪酸エステルとかだけどさ。
自給自足で全ての食事をカバー出来ない以上、基本的に他者が作ったものを僕たちは食べるしかない。それが安全に作られているかは、性善説を適用するしかない。表示されているもの、作ってる人を信頼するしかない。
そしてそのルールを守らせる条件は、もう現時点で充分に整えられていると思ってるんだよね。
食べ物って過剰に神聖視されてる部分と蔑ろにされている部分が同居している。 食品添加物を避ける人の心境は分かるけれども、そんなことよりも微生物的な安全性が担保されているかとか、栄養摂取基準を満たせているかとかの方がよっぽど健康には役立つはずなのよ。
食品メーカーの人間がこんなこと言うとポジトークだと思われるけどね。
ただ業界抜きに、僕の個人的な信念としては
「食べ物は安全で美味しければそれで良くない?」
って思ってる。
そしてもう世の中の大半のものは安全で美味しく出来ている。
僕たちは幸せな時代に生きている。
今回例に挙げた市販のパンは、どれも安全だし美味しいです。
パンに限らず、食品メーカーは事故ったらめっちゃ叩かれるのでみんなしっかりしてるし、やらかしたらちゃんと対応しています。
あまり考えて食べ物食べるのも大変だと思うので、いろいろ試して、一番美味しいと思ったりコスパいいと思ったものを食べるのが一番ストレスフリーなんじゃないかと思うわけです。
以上、ヤマザキブチギレの件から食品表示と食品添加物について考えてみた話でした。
【追記】
マフィン事件やらガレソ砲やら田端砲やらでえらいことになったこのツイートですが(12/9現在2,435万インプレッション)、ツイートにも記載した通り、これは2019年の話です。
それが2023年にこんなに話題になったということは「いかにメーカー単独での主張というのが世間に広まらないか」ということを突き付けられたな、というのが、メーカーの人間としての最初の感想です。
山崎製パンの公式アカウント、Xだけで44.7万人のフォロワーがいるんですよね。けど、それでも伝わってない。
きっと弊社の告知とかも全然伝わってないんだろうな、と思っています。
悩ましいね、ホント……。