ヤマサとキッコーマンの醤油商品の事例から、食品における容器・包材の重要さについて語ろう。
醤油のパラダイムシフトが起こったヤマサとキッコーマンの事例から、食品における容器・包材の重要さについて語ろう。
2010年に、醤油にとって大きなパラダイムシフトが起こった。
ヤマサが発売した「鮮度の一滴」という商品の全国発売である。発売自体はその前年からエリア限定で行っていたが、評判が良くて全国展開になった。
評判が良いのも無理はない。実際に僕も初めて食べた時はそれはもう驚いたものだ。
「あれ、醤油ってこんなに明るい色で、香り高いものなの?」と。
30代以上の方ならわかってもらえると思うが、醤油って黒いものだった。
今も1Lとかのデカいサイズのは黒い醤油だけど、あれを買って、つど醤油差しに移し替えるのがスタンダードだったんよ。
醤油が黒ずむ一番の原因は、大雑把に言えば酸化による。当時のボトルは別に酸化を防ぐものでもないし、量も多いから一度に使い切るものでもないので、保存中もガンガン酸化する。
あと、醤油差しを食卓に置きっぱなしにしてる家庭も多かったんじゃないかな。うちもそうだったけど。酸化は温度が高いほど進むし、香気成分もどんどん揮発するから、本来は冷蔵庫にしまうべきものなんよね。
これはスパイスとかもそうなので、七味とか買ったら開封後は冷蔵庫で保管した方がイイっす。
話を戻すと、そこに出てきた鮮度の一滴は酸化防止ボトルという、流通の間も封を開けてからも酸化を防ぐボトルを採用することで酸化を抑制した醤油が封入されているという、それまでの醤油の歴史をひっくり返すような商品だったんよね。
それこそ、今まで醤油の蔵でしか楽しめなかった「出来たて」の味を家庭に持ち込んだのは革命的だった。
さて、ヤマサがそんな商品を出して、醤油のトップメーカーであるキッコーマンが対抗しないわけがない。 前も言ったとおり、トップメーカーがメイン商品において機能で上を行かれるのは許されないことなんよ。
すぐに対抗で出した商品は、スタンドボトルにキャップを付けたものだった。 というのは、鮮度の一滴のボトルは見て分かる通り、物理的な安定さとかこぼれやすさにめちゃめちゃ課題があったのね。当時は立てる用のスタンドなんかもあったと思う。それくらい不安定だった。だから、キャップにすればこぼれにくいやろという発想は間違ってないとは思う。
ただこれは、あえなくすぐに終売になっている。 理由はわかんないけど、やっぱヤマサに寄せすぎたし、特に容量が減ってきた時の物理的な不安定さは何も解決してないのよね。 調べたら実際にはキッコーマンも寄せたわけじゃなくて似たようなものを開発してたけど、ヤマサが先に出してしまったという話だった。 商品開発においても進化って収れんしていくのかもしれんね。
しかしキッコーマンはめげなかった。翌年出してきたのが、今にも続くスタンドボトル。「やわらか密封ボトル」という、全く違う形で酸化を防ぐ商品を出してきたんだよね。
この商品は、鮮度の一滴の課題を全てクリアしてしまった。
量が減っても安定だし、倒れてもこぼれない。 さらに言えば、醤油って「上から1滴ずつかけたい瞬間」があるけど、鮮度の一滴では出来なかったその希望も叶えてしまった。 むしろ、これをやりたいがための二重構造ボトルなんだよな、きっと。
そして主題とは違うが、実はもう一つこの商品には仕掛けがあった。
キッコーマンは「やわらか密封ボトル」と合わせて、「生しょうゆ」って言葉を広めてしまったのよね。
余談だけど、食品業界で「生」がついた名称の解釈は2つ。
1つは加熱処理をしていないこと、もう1つは生クリームを配合していること。後者は正直どうかと思うけどね。生キャラメルって最初なにいってだこいつ、って思ったし。
さて、醤油には味を整えるための「火入れ」という加熱工程がある。これは色とか風味を整えたり、殺菌や酵素を失活させるという目的があるんだけど、当然加熱処理をすると酸化が著しく進むし、着色も進んでしまう。 そこでキッコーマンはその工程自体を抜いてしまった。
加熱はせずに、(たぶん)膜ろ過にして菌を除去することで安全性は保ちつつ、火入れはしない醤油を詰めた。
その醤油は黒ではなく、美しい琥珀色。
よくわかってるなと思うよね。日本人は「生」か「熟成」か、振り切った方が好きだからさ。魚の刺身も卵も生で食べる民族が「生」とデカデカと書かれたパッケージに惹かれないわけがない。
だいたいすでに「生醤油(きじょうゆ)」って言葉があるのに、「生(なま)しょうゆ」っていうのも紛らわしい話ではあるんだけどね。ちなみに「きじょうゆ」の方はダシとかで味付けしてない、JAS規格に沿った醤油のことだよ。大豆・小麦・食塩くらいしか使っちゃいけないよっていうことで、生??という漢字よりも「真・醤油」くらいにしてくれればよかったのかもしれない。
また、膜ろ過で菌を除去するなんて技術は本当にここ10年~20年の話だから、やりたくても出来なかったんだろうね。生揚げ醤油っていう、ろ過も火入れもしてないので菌も酵素も生きている醤油は昔からあるけど。
話を戻す。鮮度の一滴はあの時点では多分火入れしてると思うんだよね。でなければ、もっと早々に生と謳ってたと思う。今のラインナップには生しょうゆもあるし。
もう覚えてないけど、キッコーマンの醤油はきっと当時の鮮度の一滴よりさらに明るく見えたんじゃないかな。もう見慣れてしまったけど、本当にたまに以前のボトルの醤油を見ると、雲泥の差だよね。
さて「やわらか密封ボトル」と「生しょうゆ」を引っ提げて乗り込んできたキッコーマンの新しい醤油はどうだったのか。
結果は言うまでもないよね。
今、スーパーで一番売れる棚に並んでるのはこの醤油になってしまった。
昔あった大容量型は、下段の取りにくいところに置かれてしまっている。
また、ボトルにしたのは副次的な効果もあった。今までは醤油差しを置いていた外食産業や居酒屋とかで、あのボトルがそのまま置かれるようになってしまったのだ。
ボトル自体が醤油差しになるし、ずっと品位も変わらないもんね。詰め替える手間を考えれば、ボン、と置いて終わりの方が店側も楽でいい。これをどこまで読んでいたかわからないけど、スタンドボトルは新しい需要を創出してしまった。
また当然だけど、小容量だから買い替え頻度も高い。
1Lを1本買うより500mLを2本買う方が高くつくのは想像に難くないだろうけど、消費者に高く付くということはつまり、メーカーは儲かるからね。
スタンドボトルにすることで、一石二鳥も三鳥も得た形になった。
さて一方、ヤマサも鮮度の一滴の容器のリニューアルは続けていたが、ついぞ「やわらか密封ボトル」の牙城を崩すことは出来なかった。結局、2016〜17年頃に終売している。
今はヤマサも「鮮度生活」という商品で、同じようなスタンドボトルにしてしまった。
そんなわけで、商品の価値は中身の技術だけではなく、容器や包材も含めて商品として成り立っているという話でした。
ちなみにスタンドボトル型も完成系ではないだろうなと思ってはいる。あれ、終盤醤油を出すのにめちゃくちゃ力いるし、原理上吸気口が必要なんだけどキッコーマンのやつは吸気口が汚れやすいところにあるせいで、常に拭いとかないと、吸気口が詰まってボトルがボコボコになるんよな。
個人的には、スタンドボトル自体の作りは、後発だけあってヤマサの方が良いと思っている。汚れにくい位置に吸気口を置いてるから、最後までボトルがボコボコにはならない。終盤の出しにくさは一緒だけど。
それでは皆様、よい醤油ライフを!
以下余談。
膜ろ過では菌体までは除去できるけど、酵素まではろ過できない。失活のための加熱工程がないから、酸化は抑制できても保存中に酵素反応は進んでいく可能性はある。
酵素活性残ってるっていうのは学会発表してたり、学校の実験で使われてることからも間違いないみたいだし。
常温だと酵素反応が進みやすいことを考えると、あのボトルでも冷蔵庫で保存した方が良いのかな?とも思ったりもする。 まぁ、メーカーが言う賞味期限の日数の間は変化は微々たるものだと思うけど。
一応我が家では醤油はボトルに関わらず冷蔵庫の中で保管してます。
最後に、人生で一番ウマいと思ってるうに醬油を紹介して終わりにします。うにが嫌いでなければとりあえず買って後悔はしないので、騙されたと思って買ってみてほしい。たまごかけご飯が神の一杯になります。