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人生を振り返る⑤ 〜第二の人生が動き出す、消防士退職。 編〜
こんにちは、Itsukiです。
前回に続きまして、消防士編。
9年間の消防士人生に
ピリオドを打つことになったきっかけや
その時にやったこと考えたことを
お話していきます!
前回までの話はこちらから。
2020年12月、コロナ感染
コロナが流行し始めて
世間がやばいとなり始めていた、2020年12月。
やってしまいました、コロナ武漢型に感染。
感染ルートは不明。
いや、本当はわかっていたけど
不明のほうが丸く治まると判断、、、
そしてそこから自宅で3日間待機した後に
病院に10日間入院することになりました。
感染がわかったときは
人生が終わったぐらいの勢いで
落ち込みました。
なぜかというと、
組織的に感染したことを
公表しなければいけないルール?があり
地元の新聞に掲載されたり
市として会見を行うみたいなレベル感。
そして上層部とのやり取りが本当に苦痛で
電話での圧力をかけながらの事情聴取が
僕の精神を追い詰めていきました。
犯罪でも犯したのか?と
思い込んでしまうような雰囲気でした。
そんなやり取りを全て終えたと同時に
病院の誰もいない大部屋の中で
感じたことのない安堵を体験しました。
ここから10日間以上仕事に行かないし
この期間は非番での出動招集の連絡もこない。
全てが開放された気持ちになりました。
目に見えないプレッシャーや日々のストレスが
どれだけあったのかを感じました。
症状はというと、
微熱と嗅覚と味覚の感覚がなくなりました。
香水を嗅いでもわからない、
食べても全く味がしない状態でした。
味がしないのは本当に辛くて、
日に日に食欲が無くなっていきました。
入院してから4日後ぐらいから
味がわかるようになり、
「食べることの幸せ」を感じられました。
病院の食事は塩分がコントロールされていて
退院後に僕の食欲センサーが壊れてしまい、
暴飲暴食を重ね、1週間で5kgほど太りました。w
人生2回目のターニングポイント
入院生活、テレビはありましたが一切見ず、
iPadにいれた映画を見たり本を読んだり。
暇になるだろうなと思い、
ヨガマットをもってきていたので、
毎朝、日の出とともにヨガと瞑想をやっていました。
そんな生活を送りながら、
日常の落ち着かない日々の中で
後回しにしていた「自分の内側」
に向き合うことに時間を使いました。
・今後の自分が進みたい方向性
・このまま仕事を続けた未来
・もし1年後に死ぬとしたら今何したいか 等々
を考えてみた結果、
・退職後も働かないと生きていけない時代に
突入した中で時間の切り売りの仕事はしたくない。
・安定しているよりもワクワクした挑戦がしたい。
・将来もらえるお金に期待せず、
若いうちから稼げる力をつけたい。
ということであったり、
自分がコロナに感染したことや
もし30代以降に病気になってしまうリスク、
60歳で退職して3年後に亡くなった上司の方や
在職期間中に亡くなった上司の方がいたこと
等々を考えると、
自分がやりたいことは
人生の後半ではなく、
元気なうちに実現していった
ほうが良いと考えました。
敷かれたレールに沿って生きるよりも
「ワクワクすることに挑戦していく人生」に
していくほうが自分には合っているなと。
そんな時間を過ごすことができたおかげもあり、
「20代のうちに消防士を退職する」
と決意しました。
第二の人生を模索する26歳
消防士を辞める覚悟ができたので
次はどんな仕事がしたいか?を考えました。
小学生の頃から消防士を目指していた僕は、
他にやりたい仕事なんてありませんでした。
それもそのはず、
ずっと消防士になることを
夢見てそれを実現したのだから。
おまけに奉職(就職)した際には、
退職まで消防士を続けると誓ったw
人生は何があるか
わからないからおもしろい。
そして2021年以降の目標は、
「自分で稼ぐスキルをつける」にしました。
ここから時間をかけて何が良いのかを
色々リサーチし始めるのですが、
何をやったらいいのかわからず
そして後回しにしてしまい、
時間が掛かってしまいました。
独立して稼ぎたいと思っていた僕は、
ビジネススキルが皆無のため
自分一人で進んで行くのは厳しいと思い、
自己投資をして学ぼうと思いました。
きっかけを掴んだのは2021年の12月。
インスタで出会った方をきっかけに、
独立支援のオンラインスクールに入会して
学ぶことにしました。
オンラインスクールで1年間
ビジネスに関して勉強してから
1年後の2023年3月で退職すると決めて
無けなしの貯金を崩して、
約100万円を一括で支払いました!
漢!!!w
払った後に湧き出てくる不安な気持ちは
計り知れませんでしたw
20代の会社員からしたら相当な額ですし、
趣味にも使いたいという欲を捨てて
腹を括って支払いました。
そしてそこから1週間程度、
これはもしかしたら詐欺かも、、、とか
クーオフ期間過ぎたら連絡取れなく
なったらどうしよう、、、とかw
1週間は情緒不安定でしたw
(結果、詐欺ではなかったです!)
善は急げ。チャンスのタイミング
2022年の年が明けてからは、
参加したオンラインスクールでの
セールス・マーケティング等の
ビジネスの基礎的なことのインプットに
時間を費やしていました。
この頃から習慣が変わっていき、
職場の休憩時間は仮眠室にこもって
昼寝をしたり携帯でゲームをしていたが、
常に動画を見て勉強するようになりました。
心が変われば習慣って
変わっていくんだなと実感。
職場の上司が不満を言っているのを
聞いて更に辞めたい想いは加速していき、
職場の居心地が悪く感じるように
なっていきました。(コンフォートゾーンの変化)
チャンスが訪れたのは3月。
リアルでの勉強会でした。
場所は東京。
これは絶対行っておきたい。
コロナ全盛期で、
北海道から出ることすら
職場から自粛指示が出ていた。
(あくまでも自粛。)
しかし、
既に感染して免疫を
持っているという謎の自信と
もう何言われてもいいやと開き直り、
職場の人には誰にも言わずに、
一人で東京へ行くことにしました。
消防は旅行する際に必ず届け出が必要で
この期間に招集かかったらオワタと思いながらw
もしバレたら、また事情聴取されるのが
ほんとに嫌だな〜とかも思いましたが、
その時は、
ご!め!ん!な!さ!い!
自分の人生、生き抜きます!!!って
言おうと思ってましたw(アホ)
そして特に問題が起きることもなく、
2日間、東京で学びを深めることができました。
そこで出会ったスクールの代表から、
「いつき、仕事辞めて東京おいでよ!」
と声をかけてもらったのをきっかけに急転直下、
このタイミングを逃したら
この先、人生変わるチャンスは
そうそうないかもと思い、
「よし!!もう今月末で辞めよ!!!」と決意!
(アホやな〜w)
帰って1発目の仕事の際に、
1番信頼して尊敬する
管理職の上司に内々で報告。
コソッと「退職します」と伝えました。
「えっ、またぁ!?」(その上司の口癖w)
と寂しさ半分と羨ましさ半分の感情でした。
その上司と話した上で、
色々な問題が絡むことを考慮して
年度初めの少し落ち着いた4月2週目に
副署長へ報告して、
2022年6月末で退職することを決意しました!
9年間の消防士人生へ終止符
年度が明けた2022年4月からは、
4年間務めたレスキュー隊を退くことになりました。
出張所へ配属となり、消防隊に。
忘れもしない最後の出動は、
僕が勤務する出張所管内での救助出動でした。
「子どもが公園の遊具に挟まって脱出できない」との指令内容。
救助資器材のない消防隊として最先着。
たくさんの子ども達がいる中で、
大声を上げて泣いている女の子。
太ももが遊具に挟まって抜けない状態だった。
まずできることは、現場の状況を確認して
後着するレスキュー隊・指揮隊へ報告すること。
「命の問題はなし、うん大丈夫だ。」
そう判断して、小隊長へ報告。
消防隊にできる救出を
試みるも厳しそうだったため、
レスキュー隊の到着を待つことに。
その間僕はずっと、
女の子のそばに寄り添って
不安にならないように、
声をかけ続けて安心させてあげました。
(脚が挟まってるので気を紛らわすために)
余談ですが、子どもの救助の場合は、
いかに安心させてあげるかが大事で、
お母さんに寄り添ってもらうのがベストです。
(中々そんな状況ないかw)
少ししてからレスキュー隊が到着。
つい3月まで一緒にレスキュー車に乗っていた仲間。
到着したメンバーの顔を見て、胸が熱くなった。
信頼したレスキューメンバーの救助活動を
サポートしつつ、女の子を無事に救出することができた。
幸い大きな怪我もなく、泣きながら
お母さんの胸に飛び込んでいった。
周りを見渡すと公園にたくさんいた
子ども達が拍手をしてくれていた。
またまた胸が熱くなる。
「本当に素敵な仕事ができて良かった」
と心から思えた瞬間だった。
24時間いつくるかわからない災害だが、
きっとこれが僕の最後の出動だろうなと
なぜか思っていた。(案の定、その出動が最後だった。)
現場から帰る際、これまで一緒に
頑張ってきたレスキューメンバーの顔を見て、
今度は目頭が熱くなった。
ぐっとこらえて消防車へ乗り込んだ。
車内から仲間へ敬礼、最後の出動を無事に終えた。
そして、
2022年6月30日をもって退職となりました。
夢を叶えることができて良かった。
退職後、両親へ報告。(一応ねw)
母からのLINEを読んで大事なことに気付かされた。
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自分1人で生きてきたのではなく、
周りの方々の支えがあって今の自分があるということ。
当たり前のことかもしれないけど、
これを読んだ時に、たまらず泣いてしまった。
だからこそ僕は、周りの方々に感謝して
与えられる人になろうと思った。
そして両親が元気なうちに
できる限りの親孝行をしていきます。
さて、このとき27歳。
ここから人生の冒険がスタートしていきます。
ということで、消防士編は以上!
次回、人生を振り返る⑥〜上京、フリーランス時代編〜
最後までご覧いただき、
ありがとうございました!