薬膳cafe五花 9月 :いつかのカレーライス #10
陽が落ちるのが早くなったな。
残暑は厳しいが初秋の涼しい風が頬を撫で、夜はだいぶ歩きやすくなった。
ノスタルジックな狭い路地を歩きカフェに向かっている。
家々から、ほのかに煮物の匂いが漂ってきたり、テレビの音が漏れ聞こえる。
母さんの煮崩れたほくほくの肉じゃが…
あぁ。もう……。
2ヶ月前に、母親が急に天国に旅立った。
四十九日も初盆も無事終わり、現実的には、普段どおり過ごしている。
しかしふとした瞬間に、まだ完全に受け入れられていない自分を感じる。
どこかに、僅かだが、麻痺したまま時が止まっている部分があるようだ。
先日、同級生の佐久間からLINEがきた。
「ねぇねぇ、今週の木曜日に薬膳カフェでご飯たべようよ。6時半からだいじょうぶ?」
大丈夫だよ、と返信した。
薬膳カフェで偶然に再会してから、よく会うようになった。
昔と変わらず、世話好きで優しい。
話していてとても楽しい。
安らぐ。
もしかしたら…….。
いや、なんでもない。
とりとめなく思いを巡らせていると、カフェの灯りが見えてきた。
𓂃◌𓈒𓐍
カランカラン……
「いらっしゃいませー」
新人アルバイトのモモくんがキラッキラの瞳で迎えてくれた。
店内を見ると、テーブル席で佐久間が手をひらひらと振っている。
「ども〜」
俺も手を振りかえした。
カウンターの向こうでは、いつかさんが作業の手を止めて、笑顔で会釈してきた。
いつかさんの隣には、珍しく元の店『ちゃい夢』のおばちゃんが並んでいる。
懐かしい声で「いらっしゃい」と言われた。
「今日はねぇ、もうメニュー頼んであるのよ」
席に着くなり佐久間が言う。
「えっ。なんで?! 限定スパイスカレーにしてくれた?」
俺はスパイスカレーを食べる気まんまんなのだ。
「さぁ。どうかしら?出てくるまでのお楽しみ〜」
いたずらっぽく笑っている。
モモくんも水の入ったコップを置きながら、くすっと笑っているではないか。
「どうかしらって〜。まぁいいけど」
「見て、りんどうのお花かわいい」
佐久間は話を逸らすように、テーブルの隅に飾ってあるりんどうに目をやり、顔を綻ばせた。
くしゃっとした笑顔は昔から変わらない。
𓂃◌𓈒𓐍
「じゃあ、運んでいいかな〜?」
キッチンからちゃい夢のおばちゃんが言った。
ん?なにが運ばれるんだ?!
「お願いしまーす」
佐久間が言うと、モモくんがお盆を運んできた。
「どうぞ。いつかのカレーライスです」
カタンッと置かれたお盆に乗っているのは……。
「えっ……。どうしたのこれ…」
俺は言葉を詰まらせた。
お盆に乗っているのは、俺が子供の頃から食べつけていた懐かしいちゃい夢のカレーライス、そのものではないか。
「いつも、ちゃい夢のカレーライス美味しかったって言ってたじゃん。いつかさんに相談して、特別に復活してもらったのよ。キクチ、今月誕生日だし。これ食べて元気だして!!」
そう言うと佐久間は身を乗り出し、俺の肩をパーン!と叩いた。
「ほらっ、冷めちゃうよ。私も食べたかったし」
「お、おう。めちゃくちゃ嬉しい……ありがとう…」
福神漬けを取って皿の淵に置き、スプーンでルーをご飯のほうにかけ直した。
少し黄色みのあるしっかりとした粘度のルーとご飯をスプーンに乗せ、口に運んだ。
ゴロッとしたほくほくのじゃがいも、甘みのある人参、柔らかいポークもそのままだ。
これだ……。
懐かしい味、匂い、思いがけない驚き、母さんの顔……ごちゃ混ぜになって、なぜか俺は、涙が溢れてきた。
やばい。恥ずかしい。
「わー、なんか懐かしいカレーだぁ!」
佐久間ははしゃいで、美味しい美味しいと言い…そしてなぜか目が潤んでいる。
「ありがとう。美味しいかい?」
気づくと、ちゃい夢のおばちゃんがテーブルの傍らに立っていた。
「いやぁ…。美味しいに決まってます」
急いで涙を拭って言った。
「私もうれしいよ。覚えていてくれるだけで。天国のお父ちゃんにも伝えとくね。
いやぁ、私まで泣かさるね。きみは子供の頃も泣いていたっけね」
おばちゃんまで目が潤んでいる。
おばちゃんにバレてたのか?!
そういえば、ひとり寂しくて泣きながら食べたことがあった。
ひそかに心配して見守ってくれていたのかな。
しょんぼり泣きながら食べたカレーライス。
買い物の帰りに母さんと飲んだクリームソーダ。
部活の帰りにお腹ぺこぺこで来て仲間と食べた大盛りカレーライス。
たまに気分を変えて、スパゲッティミートソース。
色んな思い出が頭を駆け巡った。
「懐かしいなぁ」
やばい、もうそろそろ泣き止まないとっ!!
佐久間からティッシュを渡され、目頭を押さえた。
「いっぱい泣いていいんだよ。大人だって、泣いて、思い出して、笑って、また泣いて。そうやって生きていけばいいさぁ〜」
おばちゃんはお水をついで、今度はニカっと笑ってカウンターに戻っていった。
俺は夢にまで見たカレーライスをおかわりしてじっくり堪能した。
𓂃◌𓈒𓐍
カランカラン……
店を出て空を見上げた。
星がポツポツ見える。
「佐久間、ありがとうな。また食べられるとは思ってなかったから。不覚にも泣いちゃったよ…」
「秋は悲しみの季節っていつかさんが言ってたよ。ほどほどにセンチメンタルで行こうぜーい!!」
そう言うと、佐久間はタッタッタ…と駆け出し、振り返って
「あの街灯まで駆けっこするよ!」と叫んだ。
「え〜!まじー!?」
俺も渋々走った。
ハァ、ハァ、ハァ、、、
「やばい… 横腹痛い… 息切れる…」
街灯にもたれて息を整える。
カレー食ったばかりで走ったらそうなるわな…
「キクチ、走るの遅くなったねー!」
佐久間の方が余裕そうだ。
「そりゃ、もうおっさんっすよー!!」
なんだか楽しくなって、横腹を押さえながらふたりで笑った。
青春かよ。
路地の隅っこで猫がみゃあ〜と鳴いた。
✧˖°
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●薬膳memo●
今回は懐かしのポークカレー🍛
代表的食材を薬膳視点で見てみましょう
⭐︎豚肉…温でも涼でもない平性(滋陰潤燥、補腎、益気血)潤い補給、老化予防、気血補給など
⭐︎じゃがいも…平性 (和胃調中、健脾益気、解毒消炎)胃腸を整える、お腹を丈夫にする
⭐︎たまねぎ…温性 (理気化痰、和胃降逆、解毒、降圧、安眠)気血の巡りを良くする、胃もたれなど…
⭐︎秋の五志は【悲しみ】
悲則気消「悲しめばすなわち気消す」
中医学では、過度に悲しんだり、長引けば肺気が消耗し、意気消沈すると大昔から伝えられてきた。
涙は心のデトックスと言われますよね。大人も悲しい時は泣きましょうね(*´`*)ノ.+゚
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