写真集『飛べ、現へ』お渡し会レポ
撮影からスタートとかこちらの脳漿焼け野原じゃん
今回で梅津さんの接触イベントへの参加は4度目になる。
流石に回数も重ねて来たことだし、今までよりはマシなコンディションで臨めるだろうとたかを括っていた。
ちなみにいつもは前日から動悸息切れ吐き気に襲われ、当日は全てのバイタルサインが異常値を叩き出した挙句、生まれたての子鹿さながらに震える足で帰還する始末である。(一部の人はこの現象を「子鹿化」と呼んでいる)
そして当然のことながら、これは見事なフラグだった。
まさかの待機列で後々に響く盛大なミスをやらかしたのだ。
今回は3冊券での参加だったため、サインに添えていただく宛名を事前に書いておく必要があった。
待機列にて渡される用紙に、自分の苗字か名前のどちらかを【ひらがな または カタカナで】記入し、スタッフさん伝いにそれを受け取った梅津さんがそのままを書いてくださるというシステムだった。
これは事前に友人に教えてもらっており、「よーしじゃあ平仮名にするぞー!」とシッカリ意気込んでいた。
にもかかわらず、緊張で震えそうになる手をなんとか動かして書かれた名前は誰がどう見ても漢字表記になっていた。
手の震えを誤魔化すことに集中するあまり、普段書く機会の多い方を無意識に選んでしまっていたようである。大馬鹿者だ。
聞かれてもいない本名の漢字までわざわざご丁寧に教えるオタクになってしまった。
用紙を汚してしまうことを申し訳なく思いつつ、ぐるぐるとペンで塗りつぶして隠蔽を試みる。
気持ち的には死ンチャオである。
そして気を取り直して梅津さんとの撮影に臨むのであった。
『残機1』というアンガーマネジメント法
先人たちのレポを拝読したわたしは知っていた。
宛名書きより先に、ツーショットの写真撮影があることを。
そしてその際、梅津さんから近寄って来てくださることを。
梅津さんの美貌がこちらの心の準備もお構いなしに近づいて来るのを目の当たりにしてしまったら最後、人の言葉を発することができなくなるだろう。
だからわたしは絶対にその様子を直視しないと決めていた。梅津さんがこちらに向かってくる動きを、靴先の向きが変わることで認識して自分も定位置に向かう。まるでウッカリ遭遇した怪異をやり過ごす人間のようだった。全く失礼な話である。
とはいえ挨拶は大事なので、ある程度接近が終わったところで梅津さんと目を合わせてご挨拶をした。梅津さんが撮影地のベトナムにちなんで発したことに始まり、ひそあなではすっかりお祓いワードになってしまったあの言葉だ。
「シンチャ〜オ!」
「おっ、シンチャ〜オ」
梅津さんの目が一瞬きらっと光り、妙に優美なトーンで挨拶が返される。
なんかやけにしっとりしてるなと思いながら、促されるままに撮影に臨む。
後頭部に梅津さんのお衣装の裾が当たっている感覚からは必死に意識を逸らした。距離の近さを理解してしまえばSAN値ならぬSIN値チェックが入るからだ(死ンチャオ)
「では、こちらにどうぞ」
しっかり目を合わせながら、両手で移動先を示してくれた梅津さん。
その様子はお衣装も相まってほとんど王子だったのに、やはり妙にしっとりした物腰が梅姐様を彷彿とさせるせいで王室の血が薄まっていた。
宛名記入用の机に移動し、早速わたしが事前に記入していた用紙を見る梅津さん。サラサラと手を動かしながら第一声を発した。
「なぁにぃ?このグチャグチャぁ〜。けだまさぁん?」
梅姐様確定演出である。
しかもこの詰められ方、小姑にいびられる嫁の立場を疑似体験できてしまった。
きちんと名前を呼んでくださる心遣いに感謝しながら、素直に白状する。
が、堪えきれない笑いが声に滲んでしまった。
なんと生意気な嫁だろうか。
「間違えて漢字書いちゃって笑」
「平仮名かカタカナね笑」
「癖って怖いですね」
「い〜え〜」
梅津さんの微妙に掛け合わない相槌(それもまたいとをかし)の後、一瞬の間ができる。
ここまでのやり取りを踏まえると若干尺が足りないかもしれないと危惧しながら、それでもどうしてもお伝えしたいことがあった。
『残機1』が己にもたらしてくれた変化への感謝だ。
わたしは今まで自分が誰かや何かに怒ることに対して罪悪感とも嫌悪感ともつかない抵抗があり、それが怒りのエネルギーと相まって非常に気力を消耗させていたのだった。
けれども「怒り」を読んでから、梅津さんの言葉で綺麗にまとめられた彼の怒りが、水が土に染み込むように自分の中でスッと腑に落ち、そこから自分の怒りもうまく受け止めてやれるようになった。
おかげで受けるストレスがぐんと減った。
そのお礼を伝えたかった。
「わたし今まで怒ってる時の自分がどうしても好きになれなかったんですけど」
「うん」
梅津さんはまっすぐに目を合わせて真剣に聞いてくれた。こうして近くで見ると結構明るい茶色の瞳をしていらっしゃるのだな、きれいな瞳だなと頭の隅でぼんやり思った。
「残機1の怒りを読んでからはそういう自分も」
「好きになれそう?」
優しく微笑んだ梅津さんがわたしの言葉を引き継いだことで気づく。
時間が迫っていると。
そんな中でも、ある程度会話を完結させようとしてくれているのだと。
ここで梅津さんの意図を汲んで適当に頷いておけばいいのに、テンパったオタクは律儀に訂正してしまった。
「好きにはなれないけど笑」
「進んでけそう?よかった〜」
おそらくは「言いたいこと伝わってるよ」の意思表示だったのだろう。
今思えば、あんな拙い言葉から本当にちゃんと意図を汲み取ってくださった洞察力に脱帽する。
後ろからスタッフさんに「お時間です」と声をかけられ、最後に感謝だけを述べて急いで出口へ向かった。
「アンガーマネジメント法ありがとうございます」
「ありがと〜」
ほぼ言い捨てるような形で背中を向けてしまったのが申し訳なかったが、その背中に梅津さんはすごく柔らかい声色で感謝の言葉を返してくれた。
本当に貴重な機会を頂けたな、と改めてこちらも感謝の気持ちでいっぱいになった。
そして今回も手足の震えはしばらく止まらなかった。
子鹿化は免れることのできぬ悲劇であった。