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「故郷は他にない」【プロジェクト・アーヤ】④

この文章は、パレスチナ・ガザ地区のアーヤ・ハンマードさんと日本から彼女をサポートする糸川乃衣による取り組み【Project Aya(آية)アーヤと作るプロジェクト)】の記事、第4回です。
今回は、アーヤさんの近況と、トランプ米大統領の「アメリカがガザを所有し管理する」などといった一連の発言について書きました。

全文無料でお読みいただけますが、本文の最後に「購入」ボタンを設置しました。500円でご購入いただくと、アーヤさんと同居ご家族への寄付になります。
よろしければ、応援の気持ちをお寄せいただけますと嬉しいです。

プロジェクトの詳細については、第1回をお読みください↓

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1. アーヤさんは今

● 故郷への帰還

2025年1月27日。"停戦合意"に基づいて、ガザ地区の北部と中部・南部とを隔てていたネツァリム回廊が、一部開放されました。
封鎖が解除されるのを待ち侘びていた大勢の北部住民の方々が、強制退避(注1)させられていた避難先からもと住んでいた土地へと帰還する様子が、SNSやメディアを通じて世界に発信されました。

15ヶ月の避難生活を経てもとの居住地に戻った方の数は、初日だけで30万人超。
この列のなかに、アーヤさんもいました。

アーヤさんとそのご家族は、もともと自分たちが住んでいた土地にテントを張って生活してゆくことに決めました。アーヤさん、お兄さんのムハンナドさん、妹のサジャーさんの3人がまず故郷に帰り、破壊された家の瓦礫を撤去してテントを建てられる状態にしてから、残りのみなさんを呼び寄せる予定です。

こちらは、お兄さんのムハンナドさんの投稿です。

アーヤさんたちの暮らしていた北部は、15ヶ月間にわたってイスラエル軍の激しい攻撃に晒され続け、壊滅的な被害を受けました。すべてが徹底的に破壊され、住んでいた家はおろか、必要最低限のインフラさえもありません。
それを承知のうえで、帰るという選択をしたのです。

● 厳しい現実

故郷に帰り着いた直後のアーヤさんから、メッセージが届きました。

「帰ることができた喜びと、すべてが破壊されてしまった悲しみで、混乱しています。とても悲しいです。家は完全に瓦礫にされてしまいました。それでも、北部に戻ってこられたことは嬉しいです。本当に複雑な気持ちです」

「ここは壊滅状態です。生活なんて成り立ちません。水は、時々給水車が来てくれるだけ。インターネットを使ったり携帯を充電したりするためには、30分ほど歩かなければなりません。支援はまったく届いておらず、物資が足りないせいで物価が高騰しています」

あまりにも過酷な環境を前に途方に暮れている。覚悟はしていたはずなのに、本当に何もかもを失ったのだと身をもって知ったことで、打ちのめされている。そう告げられて、返す言葉がありませんでした。

想像を絶する苦しみに追い打ちをかけるのが、物質面での窮乏です。
アーヤさんたちが北部に持ってきたのは、それぞれの衣類だけ。テント、ブランケット、防水シート、目隠し用の布といった生活に必要な品を揃える必要があるけれど、なにもかもが高額で手が出せない。瓦礫を撤去するにも人を雇わなければならず、水道設備やトイレも修理しなければ使えない……。

話を聞いているだけで立ち竦んでしまいそうな状況です。
だけどアーヤさんはこの苦境においても、プロジェクトを手放しませんでした。
「気持ちがぐちゃぐちゃで、アイディアを出したりじっくり考えたりすることは難しい。でも、手を動かすことならばできるから」
自分を鼓舞するようにそう言って、家の跡の片付けの傍ら、写真を撮る、文字を書くなどといった具体的な作業を進めました。
このデザインは、そうやって作りあげたものです。


● それでも、この場所で

アーヤさんたちが故郷に帰ってから、約半月が経ちました。
この間に、北部での生活再建は困難であるとして南部に引き返すことを選択せざるを得なかった方もいると聞いています。

だけど、アーヤさんは、今もこう語ります。

(デザインのために、瓦礫を背景にした写真を撮りながら)
「たとえ壊滅的なまでに破壊されていても、生まれ育ったこの場所こそが、私の属する場所だ。その思いを改めて強くしました」

「外国で暮らすことは考えられない。私はガザが大好きです」

「破壊と痛みの中にあっても、故郷にいられることが嬉しいです。ここをとても愛しています。落ち着いたら、海へ行って写真を撮って送りますね」

この節の終わりに、動画をひとつご紹介させてください。
北部の状況を伝えるために、帰還したばかりのアーヤさんが撮ったものです。
音声をオンにしていただくと、たくさんの人の声が聞こえてきます。
一面灰色の広がるなか、ロープに干された色とりどりの洗濯物が一瞬映ります。
この画面の向こうに、もう一度ここで生活をはじめようとしている人たちが、たしかにいます。


2.トランプ大統領の「所有」「管理」「一掃」発言をめぐって

●トランプ大統領の暴論

去る2月4日のこと。トランプ米大統領が、イスラエルのネタニヤフ首相との共同記者会見のなかで、おぞましい構想を口にしました。
アメリカがイスラエルからガザ地区を引き継ぐ。住民を近隣諸国へ移住させたうえで、ガザ地区を所有して再建する。そういった主旨のものです。

これより約1週間前にも、トランプ氏はガザ地区を「解体現場」("demolition site")と呼び、「おそらく150万人ほどの人がいる。私たちはすべて一掃("Clean out")すると述べています。さらにこの後も、「より良い居住地が提供されるため、(パレスチナ人がガザ地区に帰還する権利は)認められない」と発言しました。

一連の発言のなかでトランプ氏は、パレスチナという土地を、そこで暮らす人々の生命ごと、自らの所有物のように扱っています。当事者の自己決定権を完全に無視した植民地主義的な態度や、強制移住・追放を想起させる発想に、怖気を振るった方も少なくないのではないでしょうか。いったい何の権利があって、他者の管理者・代弁者を気取るのか。

当然ながらこれらの言葉は物議を醸し、国内外から非難の声が上がっています。
こちらはその一例、国際人権団体アムネスティの記事です。トランプ氏の発言の問題点を指摘すると同時に、パレスチナでの民族浄化におけるアメリカの責任を追求するものでもあります。ご一読ください。

ひょっとすると、こんな荒唐無稽な話をまともに取り合う必要はないだろう、と考える方もいるかもしれません。ドナルド・トランプという政治家はもともとこういう手合いではないか、と。
ですが、氏はすでにヨルダンやエジプトに対し、パレスチナ難民を受け入れなければ米国からの支援を停止するとして圧力をかけています。(注2)
さらに、ネタニヤフ首相がこの構想を賞賛していることや、カッツ国防省がガザ住民の「自主的な退去」に向けた計画を作成するよう軍に指示したことが報じられるなど、トランプ氏とイスラエル政府の足並みが揃っていることも伺い知れます。
「いつもの暴言」で済ませられる段階は、とうに超えているのです。

●パレスチナの土地はパレスチナのひとたちのもの

前述のとおり、ガザのひとびとは途方もない困難のなかを生きています。

「よかった。これで少なくとも空からは爆弾が降ってこなくなる。でも、それだけ。あとは何も変わらない」

これは"停戦"合意が発効した直後のアーヤさんの言葉です。
奪われたものや破壊されたものの多くは、もう二度と戻らない。再建や復興にも、気が遠くなるほどの時間がかかる。立ちはだかる現実の厳しさは、今さら"停戦"したところでなにひとつ変わらない。
「あとは何も変わらない」の一言にこめられたものは、あまりにも重い。

ですが、このことと、第三者が勝手な価値基準に基づいて頼まれてもいないのに用意した"より良い居住地"とやらに移住させられることとは、まったく別の話です。

こちらは、ジャーナリストのビサン・オウダさんが北部に帰還する際の様子を伝えるレポートです。ビサンさんの、それからビサンさんが道中で出会うひとたちの、声を聞いてください。表情を見てください。


動画の冒頭で、ビサンさんは語ります。(原語は英語、訳は筆者)

「15ヶ月が経ったが、彼らはガザ地区の北部でも南部でも、パレスチナ人の存在やパレスチナの大義を消し去ることはできなかった。これはパレスチナ人にとって最初の帰還であり、これで終わりではない。私たちはまだ、1948年に占領された自分たちの土地へ戻る必要がある。パレスチナ人が自分たちの土地へ帰ることは、誰にも止められない」

1948年というのは、ナクバ(注3)の年。
イスラエルが建国されたこの年に前後して、パレスチナでは500を超える村々がシオニストの兵によって破壊され、70万人以上の人々が難民となりました。
一時的な避難のつもりでのみ着のまま逃げだしたきり、孫子の代になった今でも故郷に帰ることができていない。80年近くが経とうとしている今でもなお、そんな状況が続いています。
一度追いだされたら、もう二度と戻れない。
その重さを身をもって知っているからこそ、なんとしてでも帰るし、留まり続ける。パレスチナ出身の方々の多くが、そう語ります。

こうした故郷への思いや土地への愛着の強さは、非当事者の立場では理解しきれるものではないかもしれません。であればなおのこと、他者が踏みこんでよい領域ではない。自己の価値観にもとづく評価や判断を控え、当事者のそのままの言葉に耳を傾けるべきではないでしょうか。
それをトランプは、聞こうとする素振りすら見せずにお為ごかしの代弁者を演じながら、その実は、すでに取り返しのつかないほど奪われ踏みにじられ続けてきた人々から最後に残された生きてゆくための場所や、その場所で培われたアイデンティティや同胞とのつながりまでをも、根こそぎ奪い取ろうとしている。あまりにも醜悪で人倫にもとる、唾棄すべき行為です。

パレスチナのこれからを、そして、パレスチナの地に生まれた一人一人が自らの人生をどう生きるかを決めるのは、言うまでもなく、当事者です。
第三者にできるのは、その決定を支えること。それ以外にあり得ません。

移住するひとが新しい土地で生活してゆくためにも、パレスチナに留まりたいひとが留まることを選択できるようにするためにも、最大限の支援が必要です。
本来ならばそれは、支援ではなく補償として、ガザを破壊した者と、その破壊に加担した者によって償われるべきです。
シオニズムを掲げてパレスチナを踏みにじりつづけるイスラエルと、その最大の支援国であるアメリカに。


3. 今いる場所からできること

私がパレスチナの話をし続ける理由はたくさんありますが、なかでも特に大きいもののひとつが、怖いから、です。
本来ならば等しく尊重されなければならないはずの命や人権が、パレスチナのことになるとこれほどまでに軽んじられていること。イスラエルによる国際法の蹂躙がいつまでも許され続け、それを非難する国連や人権団体や市民の声がまるで顧みられずにいること。一方の抵抗には常に"テロ"のレッテルが貼られ、もう一方の虐殺は"自衛権の行使"とされること。こうした理不尽と不均衡が、他人事ではなく我が事として、怖くてならないのです。

パレスチナで起きていることが、パレスチナのことだけで終わるでしょうか?
私にはそうは思えません。
世界がこれ以上の無法地帯と化すのを食い止めるための、今が瀬戸際なのではないでしょうか。
自分自身や、大切な(あるいはまったく知らない)誰かの現在と未来のために、まずはパレスチナの話をしませんか。この世界をましにするために必要な世論を、命も権利も法律も守られなければおかしいでしょうという空気を、一緒に作ってゆきませんか。

そのための、はじめの一歩になるサイトを、最後にご紹介します。


4. アーヤさんをサポートする方法

● GoFundMe経由の直接送金
ガザでは依然として厳しい状況が続いています。
支援が行き届かず、働いてお金を稼ぐのも困難であることは、"停戦合意"後もまったく変わっていません。
他の多くのガザの方々と同様に、アーヤさんもまた、生き延びるために海外の支援者に向けて寄付を呼びかけることを余儀なくされています。
しかしながら、苦境が長引くにつれて他のご家庭と同様に、寄付金が集まりにくくなっているのが現状です。
この苦境を、大勢が少しずつを出しあうことで、なんとか支えてゆきたいです。
ご無理のない範囲で、サポートをご検討いただけますと幸いです。

・サイトは日本語非対応です。
・オレンジ色の"Donate Now"(寄付をする)ボタンを押して、飛んだ先のページで任意の金額を入力してください。いっけん25ポンド以上でないと寄付できないように見えますが、金額の欄に直に数字を打ち込めば、5ポンドから可能です。
・Tip(GoFundMeに渡る手数料)は、スライドバーを左右に動かして変更できます。(0も可)。
・匿名で寄付したい場合は「Don't display my name〜」にチェックを入れてください。

● インタビュー記事の購読
アーヤさんのご両親へのインタビュー記事です。アーヤさんにやりとりを仲介していただきながら書きました。おしまいのほうに出てくる「四女・アーヤさんのこと」という項で、アーヤさんも登場します。無料でお読みいただけるので、よろしければぜひ。ご購入いただくと、全額がご家族への寄付になります。


● プロジェクト・アーヤの応援
このさきも魅力的なデザインのアイテムをリリースしてゆきます。引き続きよろしくお願いいたします。
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瓦礫の下から、卒業式の日に着た大切なガウンをみつけだすことができました。
今のアーヤさんの心の支えです。


5. 注、参考資料


(注1)強制退避
▶︎ SNSやウェブサイト、軍用機やドローンで上空からばら撒かれるビラ等によって、名ばかりの「退避"勧告"」が出された後、避難のために与えられる猶予は、数時間から24時間ていど。対象とされた地域は空爆と地上侵攻に晒され、「命令に従わない者はテロ組織の共犯者と見做す」という理屈にもとづいて、新生児だろうが避難が不可能な病人や怪我人だろうが、誰彼構わず殺される。
そのため、多くのひとびとは「人道地域」に指定されているはずのエリアに避難するが、避難した先が安全かと言うと、そんなことはまったくない。
イスラエル軍のこうした行為は国際法に違反する可能性があるとして、国際社会から強い非難を受けている。


(注2)「氏はすでにヨルダンやエジプトに対し、パレスチナ難民を受け入れなければ米国からの支援を停止するとして圧力をかけています。」
▶︎これに対し、エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、パレスチナ自治政府、アラブ連盟の外相と当局者らが共同声明を発表し、こうした動きは地域の安定を脅かし、紛争を拡大させ、平和の見通しを損なうと指摘している。


(注3)ナクバ

1948年にイスラエルが建国された際、もともとこの地で暮らしていたパレスチナ住民の四分の三にあたる約75万人が土地を失い、ふるさとを追われ、難民となりました。1948年(イスラエル建国年)は、パレスチナ人から見れば「ナクバ」(*筆者注:アラビア語で「大厄災」「大破局」の意)と呼ばれる最悪の出来事として記憶されています。

岡真理、小山哲、藤原辰史『中学生から知りたいパレスチナのこと』ミシマ社、2024、p88


●参考動画
・「さらにこの後も、『より良い居住地が提供されるため、(パレスチナ人がガザ地区に帰還する権利は)認められない』などといった発言をしています。」
▶︎ Fox News. "Trump reveals 'beautiful' real estate plan for Gaza Strip". Fox News Channel. 2025-02-10. https://www.youtube.com/watch?v=z5eZ73UjGPk


2月16日追記:公開当初、この記事にはまったく別のタイトルをつけていました。なるべく具体的に内容を伝えることを優先してつけたものだったのですが、あまり私らしくない言葉を選んでしまい、その後も心に馴染みきらなかったため、あとからタイトルを変更しました。(SNSのサムネイルには旧タイトルが残っちゃっていますが……)
現在のタイトルは、近日公開のこちらの映画からお借りしたものです。

以上で本文はおしまいです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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