女の側から見た「野球後」:日本未公開野球映画を観る(40)
The Perfect Catch(2017)
※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。
昔の恋人の帰郷
メジャーのスター選手になった高校時代の恋人が帰郷し、二人はよりを戻すのか、というドラマ。ホールマークチャンネルで放送されたテレビ映画。
ボストンの球団(レッドソックスではない架空球団)のベテラン投手チェイス・テイナーはワールドシリーズ第7戦で決勝のホームランを打たれ、翌シーズンの契約のオファーがないまま春季キャンプを迎えた。行くところもなく故郷オハイオの小さな町に帰ると、食事のため入ったダイナーで高校時代の恋人ジェシカに再会。彼女は祖父が開いたこのダイナーの経営を引き継いでいるが、ライバル店に押されて苦戦する一方、シングルマザーとして8歳の息子ウェスリーを育て、堅実な保険セールスマンのブレットと交際している。
ジェシカが野球チームに入っているウェスリーの練習の相手をしていたところ、またもチェイスと出くわし、ウェスリーは彼にコーチしてくれるよう頼む。しぶしぶ引き受けたチェイスと練習するうちにウェスリーは上達し始め、チェイスとジェシカの間にも次第に昔の気持ちが戻ってくる。
店の起死回生策としてフードトラックを始めたいと考えるジェシカに、ブレットはリスクが大きいと反対するが、チェイスは賛成し、中古のトラックを買って2人で開店。ダイナーにも客が戻り始める。
そんなとき、チェイスに南カリフォルニアの球団からオファーがあり、すぐ合流するよう言われるが、その日はウェスリーと「父子試合」に出る約束だった。ジェシカは現役続行を祝福するが、チェイスは悩んだ末に町に残り、3人で生きていく決断をする。
「野球後」映画の一亜種
本作も「野球後」の映画に分類することはできる。引退の危機に見舞われたスター選手が久しぶりに故郷に戻って昔の恋人に再会し、野球にケリをつけてそこで新しい人生を歩み始めるとか、その間に現役続行のチャンスが訪れて心揺れるとか、家族との関係も見直すといった設定やエピソードは、Brampton's OwnやHitting the Cycle、One Hit from Homeなどいくつもの作品に見られる、もはやお馴染みのものだ。
しかし本作が異なるのは、この定番のストーリーを再会した女性の側から描いていることだ。女性向けというイメージのあるホールマークの作品で、野球選手役は「いかにも」なイケメン俳優なので、果たして野球映画の範疇に入るだろうかと思いながら観たが、野球映画と呼ぶのは差し支えないと思う。そして主人公のジェシカは、スターになった昔の恋人とよりを戻すことを期待はしない。息子に自分で野球を教えようとしたり、フードトラックも既に関係が戻りつつあったチェイスに買ってもらうのではなく自分で買う強い女性で、「待たせる男/待つ女」という伝統的なラブロマンスとは一線を画している。
反対側から見えてきたものは?
そういうわけで、数ある「野球後」映画とプロットは共通しながら、メジャーリーガーの第二の人生のスタートを、突然戻ってこられた女性の視点から描いているのが類作のないところである。
ただ、反対側から何か新しいものが見えたというわけではない。ジェシカは自立しているがゆえに、急に帰ってきて彼女に再び惹かれながら現役続行との間で揺れるチェイスに振り回されたりはせず、むしろ淡々と彼を受け入れる。息子ウェスリーと店が生き甲斐の彼女にとって、昔の恋人は所詮「3番目」に過ぎないということでもあるだろう。
そしてその結果、「身勝手」とも言えるチェイスにとって都合良く物事が運んでいるのは皮肉なところだ。チェイスの家族や町の人たちも、ずっと音沙汰のなかったチェイスに対して「第7戦は…」と必ず口に出し、未だ癒えぬ傷を思い出させはするものの、基本的には今でも自分たちの誇りとして応援しており(ウェスリーがプレーする少年野球のフィールドには本人の知らぬ間にチェイスの名前がつけられている)、他の「野球後」映画に必ずある激しい口論やすれ違いは起こらない。このようにスムーズに進むストーリーは、心地よさと物足りなさの両方を感じさせる。
それから、女の側から描いていることとは無関係かもしれないが、チェイスの野球のシーンがかなりお粗末だったのは残念だ。テレビ画面に出てくるだけの「第7戦」はとてもワールドシリーズには見えないチープさだし、彼の投球フォームも同様だった。俳優の野球の技量やフォームについては気にしないようにしており、今まであまり言及していないが、さすがに本作のはひどく、特にメジャーのスター選手という設定なので、もうちょっと何とかしてほしかったところだ。
もうひとつ、野球とは関係ないが、フードトラックというアイテムが再出発や希望の象徴となっているのが興味深い。こういう描き方は『シェフ−三ツ星フードトラック始めました』(2014)と共通し、未見だが『ソフラ−夢をキッチンカーにのせて』(2017)というアメリカ・レバノン合作の作品もあるようだ。またフードトラックではないが、業務用のトラックを買って再出発するのは『サンシャイン・クリーニング』(2008)のラストにもなっていた。実際にフードトラックで営業するのは、堅実なだけが取り柄のブレットが言うようにリスクと苦労が多いようだが、自由と自分らしさ、それに新たな人とのつながりをもたらすものとして、このように象徴的に用いられることが増えているのだろう。
なお、舞台とされているのはオハイオ州だが、多くのホールマーク作品と同様、本作はカナダで撮影されており、「パーカーフォールズ」という町の名前は架空である。