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「謎の名コーチ」は誰なのか:日本未公開野球映画を観る(42)

The Man from Left Field(1993)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

レフトから現れた男

 バート・レイノルズが監督、主演したテレビ映画。撮影も彼の所有するフロリダの土地で行われたという。大人がいなくて困っていた少年野球チームのコーチを引き受けた人物とは…、というプロットは前回のFinding Buck McHenryと共通する。
 フロリダ州インディアンタウンの悪ガキたちのチーム「インディアンズ」はリーグ戦参加の期限までにコーチが見つからず、球場のレフト側から現れてダグアウトにいたホームレスらしき謎の男を「ジャック・ロビンソン」という名のコーチに仕立ててなんとか参加を認められる。
 ジャックはチームのお粗末さを見かねて助言するようになり、その指示は的確で強くなり始める。子どもたちは自分の名前すら思い出せないジャックの長い髭と髪を切らせ、職安に連れて行き、住まいも確保するばかりか、エースのボーは野球狂である自分のシングルマザーとのデートまで手配する。ジャックは父親の仕事(庭師)を敵チームに馬鹿にされたバマを励ましたり、マルコムを虐待する父親を叩きのめしたり、それぞれ傷を負った子どもたちの父親代わりのような存在になっていく。
 父親の病死に動転して森に駆け込み水に落ちたJ.C.を追ったジャックは、苦しみながら次々に記憶を取り戻す。娘が溺死した過去を持つこの男は、バディ・リー・ハウザーという、かつてカンザスシティ・アスレティックス(1955〜67)で活躍した元メジャーリーガーの医師で、精神病院から脱走していたのだった。都会の高層ビルで開業する自分のクリニックに戻った彼がインディアンズの開幕戦に再び現れるというラスト。

1993年のヒーロー

 ジャックが何者なのかは最後になるまではっきりしない。冒頭でさすらう様子を見せ、精神病院からの脱走者がいるというラジオのニュースが流れるので、観る者は彼がその人物であることを知っているが、子どもたちは風貌しか見ていないので、神の使いではないかなどと言っている。このあたりはFull Countに出てきた謎の「救世主」デービッドと似ているが、CBS系で全国放送された本作はもちろんクリスチャン映画ではなく、「神」云々は子どもたちの憶測に過ぎない。むしろ、どこからか流れてきた謎めいた男が少年にいろいろなことを教え、その母親と惹かれ合うのは『シェーン』(1953)やその翻案『遙かなる山の呼び声』(1980)を思わせる。
 そしてその謎の男は、あまりにも「男くさい」ヒーローであるバート・レイノルズ。何らかの理由で世捨て人のようになっているが、腕力が強く野球をはじめ何でもできて頼りになる男で、その万能さが今ではむしろ「時代遅れ」すら感じさせる。とはいえただのマッチョではなく、子どもたちが抱える親子、特に父子の問題に対して子どもに共感的に寄り添うのは興味深い。ジャック自身の過去も含め、本作の登場人物が抱える問題とその解釈は、「トラウマ」や「アダルトチルドレン」などの概念が一般化して席巻したこの時代のアメリカらしい。
 この時代といえば、新球団フロリダ・マーリンズがところどころに出てくる(冒頭の試合のラジオ中継や少年野球の球場の看板)。本作が放送された1993年は16年ぶりの球団拡張でマーリンズとコロラド・ロッキーズが誕生した年で、舞台のインディアンタウンはマイアミの北100キロ余のところにある。この時代のアメリカやアメリカ野球はいろいろな点でまだ荒っぽさが残っていたし、球場ではチケットをはじめ物価が安かった。しかしそれは、アメリカが安かったというより日本の経済力が強かった(バブルがはじけたとはいえ)からそう感じたのかもしれない。
 こういう時代に相応しいヒーローだったレイノルズはあまり野球という感じではなく、本作以外に野球関連の作品は見当たらない。どちらかといえばフットボールのイメージで、刑務所で囚人のフットボール・チームを率いる『ロンゲスト・ヤード』(1974/2005:リメイク)は代表作のひとつだ。レイノルズは日本でいえば菅原文太だと思うが、彼も野球のイメージは希薄であるなかで、おそらく唯一の野球映画『ダイナマイトどんどん』(1978)がヤクザ同士の野球の試合であるのも符合しているようで面白い。

なぜレフトが「変」なのか

 題名のThe Man from Left Fieldは、ジャックがレフト側から現れたのでそのままのように思えるが、"out of left field"という、野球用語から一般化した慣用句がある。これは「思ってもみなかった所から」「変な所から」、さらには「クレイジーな」といった意味にもなり、本作をはじめ様々なフィクションのタイトルに使われている。
 なぜ「レフトから」来るという表現がそういう意味になるのかには諸説あるが、そのうちのひとつが、カブスの昔の本拠地ウェストサイド・パークのレフトの後方に精神病院があり、試合中にそこの入院患者が叫んでいるのがよく聞こえたから、というものである。説としてはかなり疑わしいようだがわりと知られており、本作でジャックは精神病院を脱走してきたという設定なので、この説をふまえてのタイトルと思われる。語源としては、ランナーが本塁に突っ込むとき、レフトからの送球は真後ろから来るので全く見えないから、という説が最も説得力があるように思う。

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