二人の大人の少年野球:日本未公開野球映画を観る(55)
Benched(2018)
※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。
勝つこと/楽しむこと
少年野球の二人のコーチの対立と和解を描いた作品。
少年野球チーム「パイレーツ」のヘッドコーチのドンと、新しくアシスタントコーチになったマイケルは、どちらもチームに息子がいるが、ドンの息子ジミーはチームの中心、マイケルの息子フランキーは野球を始めたばかり。そしてドンは「勝つことがすべて」という信念のもと規律を押しつけ厳しく指導するのに対して、マイケルは勝敗より楽しむことに価値を置き、二人は対立を繰り返す。しかしドンは妻子と別居、マイケルは妻を亡くして引っ越してきたという傷をそれぞれ負っている。
前年チャンピオンだったパイレーツは初戦こそ敗れるがその後6連勝。しかしドンの息子ジミーが野球よりミュージカルの舞台に立つことを選び、失意のドンもチームを離れる。マイケルの指揮のもとで迎えた優勝決定戦で彼はドンに復帰を請い、ともに戦う。1点リードされて迎えた6回(最終回)表、フランキーが初めてフライを捕球して満塁のピンチをしのぐ。その裏、同点の走者フィリップをマイケルが3塁を回らせるが、ホームでタッチアウト。試合には負けたが、ドンはマイケルの判断ミスを責めず、二人は和解。子どもたちも成長してシーズンが終わる。
答えは出たのか?
少年野球を舞台としているが、子どもと野球は背景で、二人の大人のストーリーである。本作はもともと演劇として上演されたもので、「選手役」の観客に向けて二人のコーチが舞台上から語りかける形で進行するらしい。
勝利のために鍛えるか野球を楽しませるかという問いは永遠の課題だが、本作はそれに正面からアプローチしているわけではない。二人のコーチのスタイルは野球についての信念というよりは、それぞれの文化的な背景(ドンは仕事用のバンに乗ってくる塗装職人、マイケルはプリウスに乗るホワイトカラーのインテリ)に由来しているようだ。
大人のストーリーなので、恋愛らしきエピソードも出てくる。ティミーという選手の母親は美貌のシングルマザーで、毎試合見に来るのは自分に気があるからだとドンは思っているが、彼女は知らぬ間にマイケルとデートし、最後は付き合うことになったようだ。
このエピソードも含めて、二人は和解しながらもなんとなくマイケルの方が「勝った」ように見えるが、どうしてそうなったのかははっきりしない。少年野球に勝利至上主義や厳格な規律などそぐわないと筆者も思うが、マイケルはドンのやり方を明確に批判するわけではなく、感情的な対立に終始する。ドンは妻子に去られたのに対してマイケルは死別なので、本作はやはりマイケルの価値観に与しているのだろうが、勝つか楽しむかという問いへの答えをきちんと出したわけではなく、いわばドンが勝手に負けてしまった感じだ。
希薄な子どもたち
そういう成り行きの中で、子どもたちの存在は希薄と言うほかない。チームのメンバーについては序盤に字幕で名前とプロフィールが紹介されるが、出ている時間は長くてもストーリーの中で各自のキャラクターが見えてこないからそんな紹介が必要なのだろう。彼らは二人のコーチの対照的な指導に対して何の反応も見せず、ただ野球をしているだけである。上述のように原作の演劇では子どもは登場せず、語りかけられるだけの存在らしいので、それが映画にも尾を引いたように見える。野球のシーン自体は子どもたちの演技も良く、迫力もあって悪くないだけに残念なところだ。
このように、本作は少年野球チームを舞台にしていても、少年野球の映画ではない。そのため、子どもと観るとこの展開は予想外だろう。それが作品として悪いわけではないし、困惑するようなシーンも特にないが、上述のように大人のストーリーとしてもあまり納得できないのが最大の欠点である。
少年野球は必然的に大人が深く関わるので、大人たちのドラマも様々に展開する。本作の二人のように自分の価値観や思いや経験を勝手に子どもにぶつけることもあるし、それが子どもたちとの間に化学反応を起こしたり、野球というゲームとシンクロしたり、いくらでも展開し得る。以前Dealin’ With Idiotsについて書いたように、そういうドラマこそ観たいのだ。本作はそうなっているのかと期待したが、残念ながら違っていた。
ただ、演劇ならもっと面白く観られそうな気もする(舞台写真はここなどにある)。二つのスポーツ観、子育て観の対立と二人の背景、そしてそれが和解に至るプロセスは、登場人物を少なくして十分な言葉で語らせれば説得的に描けるのではないか。むしろ本作は、本来「背景」だった子どもを登場させて野球の場面を見せたことで、テーマの方も希薄な、どっちつかずの作品になってしまったのかもしれない。
補足
題名のBenchedは「ベンチに下げられた」といった意味だが、誰かを下げたとか選手起用に関わるようなエピソードは特にない。原作の演劇の題名Rounding Thirdは本作でも別タイトルという扱いだが(IMDbにはその題名で掲載されている)、こちらは最終戦でのホーム突入がクライマックスなのでわかりやすい。演劇の方はベンチでの二人のやりとりが多くを占めるようなので、「ベンチに入れられた」二人という意味でBenchedなのかもしれないが、映画ではベンチのシーンがそれほど多いわけではなく、逆に3塁を回るシーンが重要なので、演劇がBenched、映画がRounding Thirdの方が内容に合っていると思う。
最後に、本作の舞台となっているのは1951年に創設されアメリカ、カナダ全土に広がる少年野球組織「ベーブ・ルース・リーグ」の一部門「カル・リプケン・ベースボール」である。4〜12歳を対象とし、さらに年齢とレベルによって「Tボール」から「メジャー」まで7段階に分かれているが、本作のチームがどこに所属しているかは明示されていない。試合が6イニング制なのは共通のようだ。地域も言及されないが、撮影はテネシー州ナッシュビルで行われた。