孤独な少年ファンの祈りと勝利:「忘れられた」野球映画を観る(2)
『ロイ・シャイダーのファイナル・イニング』
Tiger Town(1983)
※日本での公開歴があって日本語版が存在しても、現在ほとんど観ることができない作品もあります。こうした作品は「忘れられた」野球映画として取り上げます。
ここでも結末まで紹介していますので、ご了解のうえお読み下さい。
さびれ始めたデトロイト
「『忘れられた』野球映画を観る」カテゴリーは2作目だが、最初に取り上げた『盗塁王ルフロアー鉄格子から大リーガーへ』(1978)と近い時代のデトロイト・タイガースを舞台にしたテレビ映画という共通点があり、主題はかなり違うものの、醸し出す雰囲気にも似ている部分がある。それは、かつての栄光を失ってさびれ始めたこの時代のデトロイトという町に由来するのか、たまたまなのか。
熱狂的なタイガース・ファンである小学生のアレックスは、チームを支えてきたベテランで今季限りでの引退を表明した外野手ビリー・ヤングを信奉している。楽しみは求職中の父親とタイガー・スタジアムに行くことだが、ある日体調のすぐれない父親を残して一人で試合に行って帰宅すると、父が急死したことを知る。
タイガースもヤングも不振が続いていたが、アレックスは父が生前言っていた「強く祈れば必ず願いは叶う」という言葉を思い出し、ヤングの打席のとき彼が打つことを強く祈ると、久々のホームランが飛び出す。以後は祈れば必ず願いが叶うようになり、チームもヤングも快進撃を始める。
ついに地区優勝に王手をかけた最終戦、アレックスは学校のいじめっ子らに捕まり、試合に行くことができない。やっとのことで逃れ、チケットも財布もないまま何とか球場にたどり着くと、試合は9回裏、打席のヤングが逆転サヨナラとなるランニングホームランを打つのだった。
少年の孤独
これだけのストーリーだが、さえなくても優しい父を突然亡くしたアレックスが父との思い出の詰まったタイガー・スタジアムに通い、ヤングに思いを託すシーンの数々がなんとも切ない。本作はディズニー・チャンネルでの放映用に製作された初めてのテレビ映画で、「子どもの願いは叶う」というテーマはいかにもディズニー的だが、静かな哀しみが全編を貫き、少ないセリフ(特にヤングはごく僅かしか喋らない)がそれを効果的に表現している。そして、古く個性的なタイガー・スタジアムはその舞台にふさわしい。無人のスタンドやアレックスが忍び込むロッカールームなど内部も含め、今はないこの球場の様々な「顔」が随所に出てくるのは嬉しいところだ。
アレックスの孤独は父の死だけによるものではない。低迷が続いたタイガースがベテランのヤングの奮起で優勝をめざすというストーリーなのに、アレックスは周囲に助けられることも、一緒に応援したり歓喜することもない。学校では相変わらずいじめられているし、ヤングが復調するまでファンはこのベテランに容赦なくブーイングを浴びせる。最終戦の日にいじめっ子に足止めされた後、球場に急ごうとしても、バスは乗せてくれず邪魔ばかり入る。つまり、アレックスの支えは亡き父とヤングだけなのだ。主人公のこの孤独こそが、「負け犬チームの快進撃」で「願いは叶う」という定番のストーリーに独特の陰と深みを加えている。
長尺と短尺の謎
日本で本作は、おそらくまずテレビで放映された後にVHSとLDが発売されたがそれだけで、現在観るのは容易でない。アメリカでも似たような状況らしいので「忘れられた」のカテゴリーに入れたが、ひとつ気になるのは、もともと(放映時には)95分あったらしいのが、日本語版のビデオをはじめ、現在観られるのは76分の短いバージョンであることだ。アメリカ版でも同じで、ビデオソフトにする際に短縮されたようだが、19分という差は大きく、何がどう削られたのだろうか。ふつうは、制約が大きいテレビ放映の際にカットされたシーンがソフト化するときに復活して長くなるという方がありそうなのだが。現在アメリカのAmazonに載っていながら入手不可であるDVDは95分となっているので、これがもし手に入れば違いを確認できそうだ。それからギリシャ語版のVHSが出ているのもなかなか謎だが、こちらも短いバージョンである。
タイガースでは名将スパーキー・アンダーソンが本人役でしばしば登場する(セリフはやはり少ない)ほか、名アナウンサーのアーニー・ハーウェルが実況し、シュープリームスのオリジナル・メンバーであるメアリー・ウィルソンが試合前の国歌独唱を務めるなど、タイガースとデトロイトにゆかりの顔ぶれが並ぶ。また本作は翌1984年にデトロイト周辺でのみ劇場公開もされたが、この年タイガースはアンダーソン監督のもと16年ぶりにワールド・シリーズを制した。
アレックス役のジャスティン・ヘンリーは撮影時に12歳だが、本作の4年前の1979年に『クレイマー、クレイマー』でデビューした名子役。ヤング役のロイ・シャイダーは70年代後半に『ジョーズ』シリーズの主役として名を馳せていたため邦題に名前が冠されたのだろう。彼はこの後1989年にも異色の野球映画に主演することになるが、それはまた別の話である。