メキシコからリトルリーグ世界一へ:日本未公開野球映画を観る(12)
The Perfect Game (2009)
モンテレイのリトルリーグ
メキシコの工業都市モンテレイのリトルリーグのチームが1957年、初めて出場したリトルリーグ・ワールドシリーズ(以下LLWS)で勝ち上がり、アメリカ国外から初めてチャンピオンに輝いた実話。エースのエンジェル・マシアスと、以前カージナルスにいたコーチのセサル・ファズを中心に描いている。
モンテレイの街頭で野球をして遊んでいたエンジェルらは、工員のセサルがメジャーにいたことを知り、リトルリーグのチームの結成にこぎ着ける。初めて国境を越えてテキサスに試合に行くと、意外にも勝ってしまい、次の試合地へと転戦することになる。これはLLWSの南部予選で、あれよあれよと勝ち進んだチームはついにペンシルバニア州ウィリアムズポートでの本大会に出場。決勝ではエンジェルが完全試合を達成して優勝した。
輝かしいアメリカと差別、格差
この筋立ては概ね事実通りだが、当時のリトルリーグを取り巻くメキシコとアメリカ社会の状況を示すエピソードが興味深い。テキサスで食事をしたとき、「白人専用」のトイレをメキシコ人の子どもたちも使わせてもらえないとか、ダイナーで一緒になったアメリカのチームで黒人の子どもが一人だけ別のテーブルで食べているといった差別。アメリカとメキシコの豊かさの違いゆえ、モンテレイの子どもたちは同年齢でも身長が低く、LLWS用に本部が用意したユニフォームがぶかぶかだったこと。セサルはカージナルスのコーチだったと言うが、メキシコ人ゆえコーチにはなれずクラブハウス・マネージャーで、ルイビルで会ったカージナルスの選手に馬鹿にされたこと…、等々。
メキシコ側から見るとアメリカとの格差や理不尽には絶望的になるが、にもかかわらず輝かしいこの国は圧倒的な憧れの対象である。そうした状況でアメリカ由来の野球に夢中になっていたのは、この時代の日本と似ている。
徒歩で始まり大統領に会った大旅行
メキシコの貧しく小柄な子どもたちが恵まれたアメリカのチームを破って「世界一」になったことは話題になり、チームは大会後にニューヨークでブルックリン・ドジャースの試合に招かれ、さらに首都ワシントンでアイゼンハワー大統領に面会、そこから飛行機でメキシコシティに凱旋、その後やっとモンテレイに帰った。当初チームはテキサスでの試合に負けて帰ると思っており、国境で3日間のビザを発給されて徒歩でマカレンという町まで向かったのが、思わぬ大旅行になった。
ただ本作では、いくらメジャー経験者がコーチとはいえ、ろくに野球を知らない子どもたちが結成して間もないチームがアメリカで連戦連勝することに説得力が感じられなかった。しかし事実を調べると、この優勝はチーム結成の翌年のことで、事実通りの設定にすればよかったのにと思う。また、メキシコ人もすべて英語を話しているのは、アメリカでは字幕付きの「外国語映画」が受け入れられにくいとはいえ、リアリティを欠くことになっている。
このストーリーは1960年に本国でLos Pequeños Gigantes(「小さな巨人」:当時このチームはこう呼ばれた)という題で映画化されており、当然スペイン語映画である。同じ出来事についてアメリカ、メキシコそれぞれで製作された作品を比べてみると面白いと思うが、メキシコ作品に英語字幕がついたものが見つからず、今のところできないままである。
後日談として、エンジェルは16歳になるとロサンゼルス・エンジェルス(当時のAAA球団)と契約。短期間マイナーリーグでプレーした後帰国し、メキシカン・リーグで長く活躍した。少なくとも彼の素質は本物だったわけだ。
子どもの野球に過熱する大人
LLWSは当時からアマチュア野球としては注目度の高い大会で、近年もテレビの全国中継が結構視聴率をとっている。日本と違って高校野球が地味な存在で全国大会もないぶん、もっと低年齢の子どもの野球が注目されているのだが、そこには疑問も感じる。LLWSはアメリカ国内各地方の代表と国外からの代表が集まるが、後者についても過熱することがあり、極東代表として1970年代に圧倒的な強さを誇った台湾のチームに母国はやたら熱くなっていた。
本作の主人公であるエースのエンジェルは、亡くなった兄ほどは父に愛されておらず、野球も応援してくれないのを気に病んでいる。決勝戦の最終回にスタンドで仲良く観戦する父子を見て涙ぐんでしまうほどで、そんな子どもたちの野球に大人が自分たちの「誇り」(か何か知らないが)を託すのはどうなのか、と思うのだ。