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野球を選ぶか、町に残るか:日本未公開野球映画を観る(21)

War Eagle, Arkansas(2007)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

「野球選択」の映画

 「野球後」の映画とは野球で生きていくことを選んだ者が現役にピリオドを打つときを描く作品だが、学校を出るとき野球の道を選ぶかどうかに焦点化した作品もある。「野球前」と言うのも変なので「野球選択」(choose baseball or not)の映画とでも呼べばよいか。ともかく本作はそのひとつ。
 題名は『アーカンソー州ウォーイーグル』。南部の山あいに実在する人口4千人の町。この町の高校3年生イーノックは好投手で、隣のテネシー州の大学から奨学金のオファーを受けている。見かけも良い好青年だが吃音があって内気で、脳性マヒのため車椅子に乗る親友ホイールズの面倒をいつも見ているが、社交的で世知に長けたホイールズに実は助けてもらっている。初めてできたガールフレンドのアビーとのデートにもついて来てもらうほどだが、ホイールズは次第に嫌気がさし、自分しか友達のいないおまえに自分の世話のために大学を諦めるとは言わせない、と激高する。
 奨学金の契約のとき、サインせずに家を飛び出したイーノックは、ホイールズの部屋の窓外にあって星が好きな彼の視界を遮っていた木を切り倒し、望遠鏡を設置する。自分がホイールズの世話をしていたのではなく逆だったことを認めて町に残ることを決めるという結末。

否定されるステレオタイプ

 この町に住む2人の実話に基づく本作は、いくつかの点でステレオタイプや常識の逆を行っている。常識とは、アスリートと障害者が友達なら前者が後者を支えるだろう、田舎町の若者は都会へ出たがり親たちはそれを止めるだろう(しかしイーノックの父親代わりの祖父は進学を勧めている)、ルックスの良いアスリートは女の子にもてて選び放題だろう、といったことだが、本作ではどれも逆で、しかもそうなっていることに説得力が感じられる。
 ただ野球映画として観たときに少し残念なのは、イーノックの野球への思いが希薄に見えることだ。彼が進学するか町に残るかは、野球を取るかホイールズやアビーを取るかの選択かと思いきや、その葛藤はあまり感じられず、ホイールズとの関係をどう意味づけるかの葛藤だけだったように見える。
 しかしこれは本作の欠点ではなく、むしろ筋が通っている。イーノックはいつも野球狂の祖父と練習しており、今でも祖父の方が引っ張っているように描かれているが、これは、彼は「たまたま」野球がうまいだけで、そこに人生を賭けることには初めから前向きでなかったと解釈できる。つまり、野球の才能に恵まれた者ならそれで生きていくことをめざすだろうという常識もまた否定されているのである。
 こうした常識やステレオタイプの否定は、奇をてらったりストーリーを面白く展開させるためになされているのではなく、いずれも必然性がある。考えてみれば、こうしたステレオタイプに反した現実など、私たちの周囲にいくらでもあるのだ。

その後の2人

 エンドタイトルでの説明によると、2人は結局近くの同じカレッジに進んだ。イーノックは在学中にアビーと結婚して2人の娘が生まれ、ホイールズも婚約中だという。イーノックは娘のソフトボールチームのコーチをしており、野球と全く離れたわけではないものの、それなりの関わりにとどまっている。
 南部の田舎町だと野球よりフットボールというイメージがある。The Final Seasonの舞台のように野球の方が盛んな町もあるだろうが、結局野球は祖父がやらせただけだったのかもしれない。イーノックが投げるのは内野に雑草が生える粗末な球場で、この町の野球はその程度、ととれなくもない。
 このように野球映画としての「温度」は高くないし、イーノックはこの選択をいつか後悔することにはならないのかとも思うが、ひとつの青春を描く作品として決して悪くないことは強調しておきたい。

「カージナルス・ネーション」

 それはともかく、イーノックの祖父をはじめこの町の何人かの野球ファンは、カージナルス史上最高の投手は誰か、といった議論に花を咲かせており、野球といえば当然カージナルス、という雰囲気だ。確かに、2014年のFacebookユーザーのデータに基づくファンの分布の全米地図(これは本当に面白い)を見ると、この地域(郵便番号72756)はカージナルスファンが23%と最も多い。あとはレッドソックスが12%、カブスが11%と続き、約360キロと最寄りのフランチャイズであるカンザスシティのロイヤルズは3位に入っていない。セントルイスまでは540キロあるが、MLBが球団拡張を始めるまで中西部から南部にかけての広大な地域を「カージナルス・ネーション」として支配していた伝統球団ゆえの人気だろう。
 上記の地図に基づいてファンの分布について書いた原稿を載せておく。

メジャー30球団のテリトリー分布
(「アメリカ野球雑学概論」第588回、『週刊ベースボール』2014年5月26日号)

 メジャー・リーグ30球団のファンの分布を示した一枚の地図が4月24日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された。一見すると、本拠地周辺の地域に球団名が書かれて色分けされた全米の地図に過ぎないが、実はきわめて精密なデータに基づいて作成されている。
 そのデータとは、世界最大のSNSであるFacebookの利用者の登録データだ。アメリカでは1億6千万人、国民の54%がFacebookを利用しており、その多くが好きなスポーツ・チームを登録しているが、それと住所の郵便番号を組み合わせて全米約4万の地域ごとにMLB各球団のファンの割合を算出し、最もファンが多い球団で色分けした地図なのだ。Facebookの利用者は13歳以上となっており、高齢者もあまり使わないだろうから若干の偏りはあるにせよ、かつてなかった正確さでファンの分布を表していることは間違いない。
 この地図を見てまず気づくのは、「テリトリー」が広いいくつかの球団だ。南東部のブレーブス、中南部のレンジャーズ、北部のツインズ、山岳地帯のロッキーズなどは広大な地域を押さえていることがわかる。しかしこれらの多くは人口密度の高くない地域で、テリトリーの広さとファンの数は必ずしも一致しない。
 また、この地図に出てくるのは27球団であることにも気がつく。カナダは含まれない地図なのでブルージェイズのテリトリーがないのは当然だが、それ以外にメッツとアスレティックスが固有のテリトリーを全く持たないのはややショッキングな事実だ。メッツの場合、本拠地のあるニューヨーク市クイーンズ区の一部の29%が最高で、ここでもヤンキース・ファンが54%と水を開けられている。クイーンズや、かつてドジャースの本拠地でアンチ・ヤンキース色の強いブルックリンはメッツの牙城と言われてきたが、他の地域に比べればメッツ・ファンが多い、という程度だったわけだ。
 同じことはアスレティックスにも言える。オークランドの本拠地周辺でもこの球団のファンは25%に過ぎず、ジャイアンツ・ファンの57%の半分に満たない。最もA'sのファンが多いのは球場から少し南に行ったサンレアンドロの36%(ジャイアンツは48%)だ。このように2つの球団が存在する都市(圏)では、シカゴのホワイトソックスとLA都市圏のエンゼルスもそれぞれカブスとドジャースに押されているが、それでも本拠地周辺の狭い地域では多数派になっている。
 もうひとつ、本拠地から遠く離れた地方にもテリトリーを持つ球団が2つある。それはヤンキースとレッドソックスで、西部の山岳地帯やハワイなど近隣に球団がない地方では、この2球団のいずれかのファンが最多である地域が少なくないが、最多と言っても割合はせいぜい2割台で、割合が大きいほどチームカラーが濃くなるこの地図では薄いグレー(ヤンキース)かピンク(レッドソックス)に塗られている。
 この地図はNYタイムズのウェブサイトでインタラクティブで使え、拡大すれば郡や郵便番号単位で上位3球団のファンの比率を見ることができる。この地図からの発見について次回も続けるが、一度いじってみていただきたい。


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