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わたしの物語11
結婚して1年後に夫の地元に引っ越しをしました。
もともと専門学校でひとり暮らしをしていた街なので、すごくウキウキだったわたし。
子どもができたらいいなとも思っていたふたりなので、こんな機会も少ないだろうと、専業主婦になって仕事はとうぶん探さない選択でスタートしました。
夫は、介護の仕事を続けています。
専業主婦って、何するんだろう???
初めての専業主婦。
毎日の食事に、掃除に、洗濯に。。。
あっという間に午前中で終わってしまう。。。
他の時間は何してるんだろう?
小さい子どもがいる専業主婦の方は、きっと子どものことでやらなきゃいけないことがあったり。。。
介護が必要な祖父母がいる方は、介護でまた時間を使うであろうと。。。
いろいろ思うものの、どちらでもない立場のわたし。
『趣味見つけたらいいよ!』
『習い事してみたら?』
アドバイスをもらうものの。。。なぜかしっくりくるものがなく。。。
友だちはみんな仕事だったり、離れてるからなかなか会えなかったりで。。。
わたしの家族も近くにいないし、夫の家族とはなかなかひとりで会える勇気がなく。。。他に親しい方もいるわけでもなく。。。
自然と引きこもりがちになるわたし。。。
わたし、専業主婦に全然向いてないぞっ!!!
と確信しました!
5ヶ月くらい専業主婦体験をした感じで、そのあとすぐ仕事をみつけました。
やっぱり仕事と主婦業を両立するのがしっくりくるわたしでした。
でも、仕事をはじめて2ヶ月くらい経って体調不良に。
ストレスかな?
いや、仕事楽しいんだけどなぁ。。。
吐き気が止まらない。
胃が気持ち悪くてどうも調子が整わない。
近くの内科に受診しました。
わたし『風邪かなとかは思うんですが何日も気持ち悪いのが続いてて。。。』
医者『妊娠してないですか?』
わたし『してないと思います。生理不順で、できにくいって言われてますし。』
医者『1度産婦人科に行って調べてみてください』
そう言われて、渋々産婦人科に行ってみました。
苦手なんです。わたし、生理不順で多嚢胞性卵巣症候群なので高校生の時から何年も通っていて慣れない場所。
わたし『体調不良で内科の先生に妊娠してる可能性があると言われたので、調べにきました。』
婦人科の先生『はい。じゃぁ、尿検査お願いします。』
尿検査の結果を待ってる間、周りには妊婦さんがいっぱいで、やっぱり場違いな感じがして苦手だな。。。そんなことを思ってしまうわたし。
婦人科の先生から『妊娠してますね!』
わたし『えっ!??わたし妊娠してるんですか!!?』
思わず大きな声を出してしまいました。
妊娠してないと思い込んでいたので、まさかの結果にびっくりするしかなかったのです。
婦人科の先生『でも妊娠して2週間くらいしか経っていないので、見つけるの早かったですね!エコーとかでは全然見えないと思うので、異変がなければ2ヶ月後に来てもらったら大丈夫ですよ!』
わたし『はい。わかりました。ありがとうございます。』
帰りに駅まで歩いている時、母に電話しました。
『わたし、妊娠してるんだって!』
母『わぁ!!おめでとう!!!良かったね!!』
泣きました。歩きながら泣いて、母に伝えてたのを覚えています。
それから、夫にも喜んでもらって、子どもができにくいということを家族や知り合いみんなに知らせてたので、嬉しくて妊娠した事を報告しました。
わたしの胃の気持ち悪さや、ひどい吐き気はつわりによるものでした。
初めての体験だったので、びっくりの連続でした。
そして、2ヶ月後に産婦人科でエコーをみて赤ちゃんのいのちを知ることができました。
つわりがひどいこともあって、せっかく見つけた仕事でしたが、辞めさせていただきました。
おうちでゆっくりと思うものの、吐き気とイライラが続いていたのが印象的です。
5ヶ月くらいでお腹がよく張るようになって。。。
先生にも言われて、様子をみる形で過ごしてたんですが、産まれるであろう誕生月が満室なので、『他の産婦人科で誕生を迎える形になります』と伝えられ、新しい産婦人科で経過を診てもらうことにしました。
新しい産婦人科でも、『張りはよくあるものだから、安静にして、落ち着いたらスクワットしてもいいくらい動いてください』と。。。
母には『ダメよ!動いたらいかん!』
そう言われつつ、しんどさとイライラでわたしは先生の言われたことを実践していて。。。
6ヶ月になったころ、最悪な状態にあってしまいました。
変だなと思って、トイレに行くと
出血していて、夫に急いで産婦人科に連れて行ってもらいました。
産婦人科の先生は『ここでは無理だから県病院行こう』と言われ、救急車に運ばれました。
県病院では『もぅ、赤ちゃんが産まれようとしています。止めることはなかなか難しい状況です。』
怖い。。。
こわいよ。。。
助けて。。。
そんな気持ちで、苦しくもがいているわたし。
そばにいる夫に悲しい思いをさせてしまっている辛さ。。。
駆けつけてきてくれた母の表情。。。『もぅ辛いけど諦めないかんよ。』
覚悟を決めるまで、時間が欲しかったけど、もぅどうしようもないお腹の中で、わたし自身じっとしていられず勝手に動いてしまう体。
先生『その体の動きはもぅ、産まれますね。』
夫に『ごめんね。諦めてしまってごめんね。』
もがきながら伝えるわたしをみて、
夫は『大丈夫だから、心配せんでいいから。』
そう言って、分娩室に母と夫も一緒に入って、出産しました。
夫の手を強くにぎって、母が『頑張れ!』って。
プシャーッと破水にびっくりするわたしに。。。
助産師さんが『大丈夫だよ!もう産まれるからね!力入れて、はいっ!』
苦しかった。。。
産まれてきてくれたのに。。。
声も聴けず、すごく小さい男の子の赤ちゃんが目の前に。。。
夫にそっくりな目と鼻。
こんなに小さいのに、夫にそっくりなことがわかること。。。
泣きました。
母と夫と、泣きました。
悔しかったなぁ。。。
自分のせいでこの子のいのちを失ってしまった。
もっとわたしがしっかりしていたら。
もっと母の言うこと聴いていたら。
もっとちゃんと向き合ってたら。
苦しかった。。。
辛すぎた。。。
母の涙。。。
重い重い気持ちがすごく辛かったです。
ベッドの上で少し体が落ち着いた夜中に、そっと目を開けると、夫が赤ちゃんを見つめて頭を撫でながら静かに泣いていました。
こんなに切ない気持ちははじめてです。
こんなに夫に辛い思いをさせて、わたし以上に苦しかったのは夫かもしれません。
初めての出産は、死産という形でしたが、かわいい男の子で『陽兜(ひろと)』とふたりで名付けました。
5月にうまれたので、兜を。強くて男の子らしいかなって。太陽のように家族みんなを温かく見守ってくれる優しい子にと。
お腹の中にいるときに、いっぱいお話をして、家族になった瞬間。
抱きしめてあげれなくて、ごめんね。
愛してるをいっぱい伝えたい。
今では仏壇にむかって毎日手を合わせて、毎年命日にお経をあげております。
わたしには、みんなに会わせれる子どもはいないですけど、わたしたちには、息子がいます。
毎日手を合わせていると、感じるものがあります。
見守ってくれてるんだなぁと思います。
それからは、わたしたちに赤ちゃんは出来ていません。
夫との結婚生活を13年送ってきて、周りから『子どもつくらないの?』と声はかけられますが、子どものいない生活を楽しんでいます。
苦しいきもち。辛いきもち。乗り越えるまでにすごく時間がかかりました。
どうしても、思い出すと涙は流れてしまいます。
しかし、周りの子どもを見ると辛いとかは、全くありません。
友だちの子どもも、かわいいと思います。時々羨ましい瞬間はもちろんあります。子どもって一瞬一瞬に思い出をくれる存在じゃないですか?そういう瞬間を見た時は、いいなと思いますが、いろんなこと含めて考えていると。。。子どもがいない生活も楽しいなぁと思うふたりなんです。
よくふたりで話し合ったりしましたが、無性に子どもが欲しいんだ!とかふたりとも思っていないことがわかり。。。
ふたり時間が充実しているので、今では子どものいない人生もすごくありだなという考えの方が大きいです。
わたしの物語の1番辛いストーリーだったかなと思いますが、読んでくださってありがとうございます。
つづきのわたしの物語は、何気ない日常生活が語られるだろうと思っております。
また、読んでくださると嬉しいです。