創作者失格
はしがき
まず自己紹介をしよう。僕は異世界転移をしてきて魔王を倒した勇者で、現在は小説家のシュウだ。でも、僕の本当の名前はツシマシュウジというんだ。ただ僕はこの名前が大嫌いだから今後も僕の事はシュウと呼んでほしい。
さっそくだが僕は今、遅効性の毒を飲んだところだ。これを飲んだら絶対に死ねると確信を持って言える毒を用意したからおそらく僕は死ぬだろう。
ではなぜそんな状態でこんなものを書いているのかというと、僕は僕の小説を書きたかったからだ。
内容は実に単純で作家としては致命的なものだ。君は本屋で僕の名義で出された本を読んだかい? 君が文学に少しでも興味のある日本人、または日本の義務教育を受けていたら気づいただろう。日本人以外でも気づくかもしれない。
シュウ名義で書かれた『夫婦善哉』も『こゝろ』も『ドリアン・グレイの肖像』も『刺青』も『金色夜叉』も全部全部、僕の元の世界で僕よりも偉大な方々が書いたものをそのまま盗作しただけなんだ! 僕自身の意思で書いたものなんてほんの少ししかないんだ!
ああ、スッキリした。実に愉快で爽快な気分だ。僕はこれが言いたかったんだ。
これを読んでいる君は日本語が読める転生または転移者だろうからこの小説が読めるのだろう。でも、この世界の住人はこの文字が読めないんだ。だから、これからの話をこの世界の言葉に訳して本当の小説にするもよし、このまま焼却するもよし、好きにしてくれたまえ。死んだ者には主張する権利はないからね。
さて、今までのたったの500か600文字ぐらいの小説を書いただけでは死ねない程度に遅効性の毒らしい。なので、僕の事とこの世界に来てからの事を書いていこうと思う。僕が僕の事を書きあげるのが先か、僕の命が尽きて未完になるかのチキンレースだ。
自作と盗作
僕の事を書く前に君にはどうしても言っておきたいことがある。僕はね、文学が嫌いで作家も嫌いなんだ。
志賀直哉も、夢野久作も、オスカーワイルドも、シェイクスピアも、谷崎潤一郎も、泉鏡花もみんなみんな大嫌いだ。作品も大嫌いだ。特に大嫌いなのは太宰治だね、名前を聞いただけで反吐が出る。
僕の名前を見て文学を少し齧った人がこれを読んだらどうしてその名前で太宰治が嫌いなのか不思議に思うだろうけれど、これは僕の両親のせいだ。改名出来るものならしたかったよ。
僕の両親は古典文学の化け物だった。自分の子供にこんなみっともない名前を付けるくらいの化け物さ。僕の両親どちらかの名字が志賀だったら僕の名前は直哉だっただろうし、尾形なら紅葉だっただろうし、江戸川だったら乱歩だっただろうね。
幼い時から小説や詩をたくさん読まされたよ。あらすじどころか内容まで暗唱できるくらい読まされたさ。そのおかげ(?)でこっちの世界では大金持ちになれたけれど、それはそれとして当時は本当に嫌だったよ。
そして、両親は僕に小説家になるように言った。普通の親ならもっと堅実な仕事についてもらって売れるか売れないか分からないギャンブルみたいな仕事をするなというだろうけれど、僕の両親は僕を小説家にしたがった。
でも、僕は売れなかった。だってしょうがないじゃないか。当時の主流は異世界転移や異世界転生をして、チートを使ってハーレムを作るもの。もしくは悪役令嬢が大活躍するざまぁ系なんかのライトノベルが人気だったんだもの。右を見ても左を見てもそんな小説が山ほどあるから、両親が読ませるような古典的なものを読む僕では流行の小説は書けなかった。
じゃあ芥川賞や直木賞なんかの純文学賞を狙えと君は思うかもしれないけれど、それも無理だったんだ。僕に文才はなかった。本をたくさん読んでも文章能力は鍛えられないらしい。
僕はいつか異世界転生系や悪役令嬢もので一発当てることを願っていた。僕自身が異世界転生系や悪役令嬢ものが好きだったし、そういった物の方が本になって売れる確率が高い事は分かっていたからね。でも、僕の両親はそういったライトノベルで書くことは許さなかった。ライトノベルは馬鹿が読むものだと思っている正真正銘の馬鹿両親だったんだ。
だから、僕自身が交通事故にあって本当に異世界転移した時は驚いた。カフカの『変身』の最初の驚きを経験した気分だったよ。僕は神様によって勇者に選ばれて、魔王を倒すためにたくさんのチートな能力を持って王様に呼ばれたらしい。
異世界に呼ばれて魔王を倒すまでの話に面白みはないから結果から話すと、僕は魔王をあっさり倒せたよ。実に簡単だった。神様からもらった能力ってすごいんだね。
でも、魔王を倒しても元の世界に帰る気は起きなかった。元の世界にはあの馬鹿両親がおそらくまだいる。僕は両親の事が嫌いだから、そのままこの異世界で生きることにしたんだ。
この世界で生きると決めたからには仕事をしなければならない。勇者だからっていつまでも自堕落なニートじゃいられないんだから世知辛い世界だけれど、僕はそんな世界を選んだのだからと納得した。そして僕にできる事を考えた時に、僕には小説を書くという事しかできないという事に気が付いたのさ。だって、小説を書くこと以外やったことがないんだもの。接客の経験も、物を作り出す経験も、人の世話をする経験もなかったんだ。
しかたがなくまずは、僕が魔王を倒すまでの小説を書いてみようかと思ったんだ。けれどこの世界には冒険者という戦闘が得意な職業の人もいるし、エルフっぽいのもドワーフっぽいのもいる。冒険ものは売れなかったし、チート系も売れなかったし、悪役令嬢ものも売れなかった。
だって、城には本物の令嬢がいるしチートを使ったものも「ふうん。それで?」で終わってしまう。この世界では日本で売れていたものがごく普通の事で目新しいものでもなんでもなく、売れなかったんだ。僕の技量の問題もあるのかもしれないけれどね。
じゃあなにを書こうかと考えた。僕にはネタがなかったから試しに織田作之助の『夫婦善哉』を少しだけ都市の名前なんかを変えはしたものの内容は変えずそのままで本にしてみた。美味しそうな描写や大阪気質が文学の中では割と好きな方だったからね。これは盗作だなと思ったけれど、バカみたいに売れたんだ。この世界の顧客は冒険譚や悪役令嬢の恋愛模様よりもこういった内容の小説を求めていたんだ。
「シュウさんは革新的な考えをしている! こんな小説は見たことない!」
そう評された時、僕は困惑しながらも学生時代に大学で文学部の教授が言っていた言葉を思い出した。
「書かれている題材が飽和した時、解決する方法は二つしかありません。新しく革新的なものを生み出すか、地球の反対側くらい遠い文化をそのまま持ってくることです」
教授の言っていることは正しかった。地球ではインターネットが進化しすぎて地球の裏側の遠い文化でも持ってこられなかったけれど、この異世界では古典的な作品の方が斬新な視点だったんだ。
イギリスかどこかのジャポニズム的なものや、アメリカの民族音楽の歴史的なものを感じたよ。全く未知の遠い文化だからこそ斬新に映るんだ。
じゃあ、僕が覚えている日本の古典文学を中心に盗作していけばきっと売れるはずだと考えたわけだ。まあ盗作も何も、異世界だから訴えられることも非難されることもないと思っていたけれどね。
そこから僕の人生は狂いだした。盗作小説家シュウの始まりだ。
栄光と没落
まずは、男女の恋愛や商人の交渉なんかの生活に根差したものを書いてみた。日本の小説もだけど『ロミオとジュリエット』や『ベニスの商人』もモデルにした。外国と日本の文学はお互いに影響し合っているものだから、いい所取りしてみたんだ。僕の小説が売れに売れて他の小説家達がまったく売れなかった時期だね。
それらが売れた後にこの世界の小説家達が僕と同じようなものを書きだしてそっちが売れ筋になりだしたら、今度は『布団』や『ベニスに死す』なんかの人によっては少し気持ち悪く感じるものを書いてみた。これも少し改変してあるけれど内容はそのままさ。
とある作家は僕にこう言ったよ。
「シュウさんの作風は変幻自在に変わる! なんて広い視野をお持ちの素晴らしい方なんだ!」
僕は失笑しないように必死だったよ。だって全員違う人から書いているんだから作風が変わるのは当たり前の事なんだ。
そうやってたくさんの小説を書いているうちに、ふと虚しくなった。
僕はいったい何を書いているのだろうか。異世界の盗作ばかり書いて、僕自身が考えた小説なんて一つもないじゃないか。僕は僕自身の小説を評価されたいという承認欲求が膨れ上がり、試しにアレンジではない僕が考えた小説を発表してみた。
結果はまったく売れなかった。評論家のやつらは僕の作品を酷評したよ。シュウ先生の時代は終わりかもしれないとまで言われた。
承認欲求が満たされなかった僕は、自殺を考えた。だって、評価されているのは地球の先人たちで僕じゃない。それに今まで書いてきた小説はすべて創作者にとって唾棄すべき行為である盗作だ。それがたまらなく嫌になってしまった。
僕は大量の薬を飲んで布団に横になった。
薬を飲んで横になってから、僕は急に死が怖くなった。死ぬ事自体が怖いんじゃなくて一人で死ぬのが嫌だったんだ。だって、一人で死ぬのはあまりにも寂しかったのだもの。一人で死ぬ孤独感に僕は耐えられなかったんだ。僕は「嫌だ、1人で死にたくない!」って叫んだね。そうしたら死ねなかった。勇者の体はずいぶんと頑丈にできているらしい。ああ、この件は誰にも話していないんだ。未遂で終わってしまったからね。
それから僕は心を入れ替えた。ああ、盗作小説家として生きて行こう。一人で死ぬのはとても怖いから生きていたいけれど、その為にはお金が必要でお金を稼ぐ方法を僕は小説を書くこと以外知らなかった。でも僕の小説では生きていけないから、盗作し続けなければ生きていけないのだと悟ったんだ。
そこからは作風なんて考えずにがむしゃらに書いたよ。思い出すだけでも『リア王』に『オペラ座の怪人』に『ドグラ・マグラ』まで幅広く。全部の本が飛ぶように売れて、僕の所には出版社から大金が入り込んだ。小さな国の国家予算くらいのお金はあったんじゃないかな?
ところで話は変わるが、人間というのは欲深いものらしい。僕は大金持ちで、強大な力を持つ魔王を倒せるくらいのチートを持っている。となると次には何が欲しくなるか君にはわかるかな? 僕は一人が寂しかった。これがヒントだ。
正解は女や男、酒や煙草を求めた。性と煙草と酒に溺れたんだ。
孤独の寂しさを埋めるために人肌を求め、自分のものを書きたくなる承認欲求思考を止めるために酒を飲み、その頭をスッキリさせるために煙草を吸いだした。
高潔な勇者は俗物的な狂人に様変わりしたんだ。
そんな状態で盗作したのが『堕落論』だから、きっと坂口安吾は僕に激怒することだろう。『堕落論』というのは正しく堕ちてこその堕落なのだから、僕の堕落は不健全な堕落だ。僕は『堕落論』という耳心地の良い名で元の作品が言いたかった事とは正反対の事を書いて自分を正当化したのだ。
そんな不健全な堕落をした僕の前にとある青年が現れた。ダン君だ。
彼はとても眩しいほどのまっすぐさをもった青年で、僕の堕落には何か理由があるはずだと自分から僕の身の回りの世話を始めた。そんなに尽くされて孤独が大嫌いな僕がダン君に惹かれないわけがなく、ダン君は僕のパートナーになった。日本風に言えば内縁の妻というか事実婚というか。この国では男同士で結婚することもできるくらい男色に対して寛容だった。
僕はダン君との交際で神聖で無垢なものを犯しているかのような背徳感と高揚を覚えた。ダン君と一緒にいるだけで地球の人々の盗作しているという罪悪感と、自分で選んだくせに感じる生まれた世界とは違う異世界にいるという孤独感を忘れられる。それほどまでにダン君は僕に尽くしてくれた善性の塊のような青年だったんだ。
「俺は、先生の為なら何でもできますよ」
彼はそう言ってくれたし、実際になんでもしてくれた。僕はダン君と一緒にいることで心の安らぎを得たのだ。
さて、僕はダン君と幸せに暮らしているわけだけれども周りの小説家達はそうはいかない。だって僕ばかりが売れて周りはちっとも売れないんだもの。そして文学というか芸術というものの性質なのかは僕にはわからないが、僕の世界と同じように賞を作ろうという話が持ち上がった。何とかして僕以外から注目を集めたかったんだ。
僕は喉から手が出そうなほど賞が欲しかった。芥川賞や直木賞でなくても良いから小説で賞が欲しかった。僕はすべてを手に入れてもなお強欲だった。元の世界で貰えなかったものが今更になって欲しくなったんだ。
でも僕は賞を貰えなかった。選考にすら入れてもらえなかったんだよ。
「あなたの存在は小説を書く者には影響力が大きすぎるのです。新人を育てなければこの先に小説の未来はありません」
審査員を任された男にはそう言われた。僕は「ちがう! これは僕の作品じゃなくて盗作なんだ! 僕の作品を審査してくれ!」と叫びたかったけれど、それを言う度胸がなかった。今の幸せな暮らしを壊したくなかったんだ。
いろいろな方法を試してみたけれども、結局創設された賞は僕以外の人が受賞した。決して革新的な内容ではなかったけれどとても面白い物語だった。多分、僕自身が書く小説より面白い物語だ。
僕は絶望した。賞が今後も取れないことに絶望した。僕が僕であるが為に喉から手が出るほど欲する賞を取れないんだ。
だから、ダン君にこう聞いた。
「一緒に死んでくれないかい?」
ダン君はこう答えた。
「良いですよ。先生がそう言うなら」
彼は真の善性を持っていて僕に尽くしてくれていた。それを僕は利用したのだ。
2人で大量の薬剤を飲んで海に入水した。結果、ダン君だけ死んで僕は浜辺に打ち上げられて一命をとりとめてしまったのである。
名前と投影
心中未遂は世間を騒がせた。特に僕だけが生き残りダン君が死んでしまったのが世間的には駄目だったようだ。僕は殺人罪で訴えられたけれど、大量の金と勇者の肩書であっさりと釈放された。でもダン君がいなくなり一人きりになってしまったんだ。
孤独になった僕はこれからの事をぼんやりと考えた。その時ふと、今まで目をそらしていた事をうっかり僕は直視してしまったんだ。
僕は、大嫌いな太宰治と同じことをしているのではないか?
そこから三日ほど先までは狂乱であまり覚えていない。けれど、自分の大嫌いな名前の奴と同じ事をしている事がたまらなく嫌だったことだけは覚えている。落ち着きを取り戻した時に僕は覚悟を決めた。
太宰治になってしまえと。
そこからは早かった。今まで絶対に意識して書かなかった太宰治の作品を積極的に盗作した。
『桜桃』に『ヴィヨンの妻』に『雪の夜の話』。他にもいろいろな太宰治作品を盗作した。太宰治の作品は今までで一番売れたからやっぱり太宰治は何か持っているのだなと本気で思った。ちなみに、一番売れたのは『斜陽』だ。僕の栄光と没落を重ね合わせる人が多かったからね。
ただ、一つだけ書けない作品があった。『人間失格』だけは書けなかったんだ。
太宰治といえば『人間失格』。そんなことわかりきっている。馬鹿両親によって熱心に何度も読まされたのだから内容だってすべて覚えている。でも、どうしても書けなかった。書いたらすべてが終わるような気がしたんだ。
僕が『人間失格』で悩んでいる頃、運命的な出会いがあった。サリーという女性を紹介されて結婚して身を固めろと周りに言われたのだ。結婚すればきっと僕が正常になって元気になると根拠もなくそう思われたんだ。ダン君がいたから安定していたというのもあって、僕は誰かが傍にいた方がいいと周りに判断されたんだろうね。そのころには僕も三十代後半に差し掛かっていたから、結婚するのも良いかなと思った。
サリーのことを、僕はさっちゃんと呼ぶことにした。君が文学を齧っていたらさっちゃんがどういう意味か分かるかもしれないね。わからなくても別にいいんだけど、さっちゃんについて知っていた方が僕の心境をより理解できるよ。でもさっちゃんは僕に尽くしてくれなかった。ダン君とはまったく違うひどい悪性を持っていたんだ。
さっちゃんは自立した女性だった。さっちゃん一人だけでも生きていけるくらいしっかりして、僕の事を決して包み込んでくれなかったんだ。
悲しかった。すごく悲しかった。人と一緒にいるはずなのに、また地球の人々の盗作しているという罪悪感と、自分で選んだくせに感じる生まれた世界とは違う異世界にいるという孤独感を感じてしまった。
でも、さっちゃんは一つだけ良いことを言ってくれたことがある。
「シュウさんは何がしたいの? 何になりたいの? 私はシュウさんの作品をいくつか読んだけど全然シュウさんが見えてこなかったわ」
さっちゃんにそう言われて僕はどうして忘れていたのかわからない小説の題名を思った。
『ライ麦畑でつかまえて』
絶対に売れる。『ライ麦畑でつかまえて』を盗作すれば絶対に売れる。
でも僕は書けなかった。だって『ライ麦畑でつかまえて』を太宰治は書いていないんだ。僕はもう、太宰治の作品以外を盗作して書くことができなくなっていた。
あとがき
良い感じに毒がまわってきたようで、頭がフラフラしてきたよ。そろそろ締めようと思う。そういえば、どうして僕が毒を飲んだか説明していなかったね。実は異世界から新しい人が来たらしい。
もし、その異世界転生者が日本人だったら? もし、僕の作品が盗作だと皆に知られたら?
確実に非難されるだろう、盗作は立派な悪いことだ。僕は今更それが怖くなった。だから、今度は確実に死ねる毒を飲んだんだ。
そうだ、頭の良い君なら太宰治しか書けなくなった僕がさっちゃんをどうするか気になるだろう? 気にならないかな? さっちゃんはね、一緒に死なないよ。さっちゃんは一緒に心中してくれるような善性は持っていない自立した女性だからね。
この小説は、『人間失格』と『ライ麦畑でつかまえて』の複合版なのかもしれない。結局、僕は僕だけの作品を最期まで書くことはできなかったんだ。どうやっても他の作品達の表現が頭をよぎって止まらない。この表現が自分で考えたものなのか、他の人の表現を盗作しているのか、僕にはもうわからなくなってしまったんだ。一度盗作をしてしまうとね、それは麻薬のように甘美で癖になってしまうと同時に思考を蝕んでしまうんだ。
ああ、意識がなくなりそうだどうしよう書きたいことが纏まらない! 僕はつまりね、こう言いたいんだ。
異世界に転移して完全に別人になれたから僕は小説家以外になれたはずだ。誰も小説家になることを強要してこなかった。僕は、僕自身の意思で異世界転移した後に小説家になったのだ。
僕はね自分だけの小説を書きたかったんだ。他の誰でもない僕だけの小説を。そしてその小説を褒めてほしかった。
でももうそれはできない。盗作は、創作者失格だ。僕はもう創作をしてはいけないんだ。それがやっとわかったんだ。
ああ、死にたくない! これが分かったのだからまだ死にたくないよ。いやもしかしたら、また死ねないかもしれない。そうだ、二回も死ねなかったんだから今回も死なないかもしれない。だって、僕は小説家のシュウじゃなくてただのツシマシュウジになると決めたのだから。このまま自殺なんてしたくなんかない。次は、小説家以外の職に就きたいんだ!
ああ、いしきがおちるおちる。めがさめたらかんがえないと。そうさくいがいのみちをかんがえないと。
グッドバイ、シュウ。
ダン君
シュウさんは天才だ、あらゆるものを書ける。
商人を騙す痛快な小説を書いたかと思えば、女性に秘めた思いを持つ気持ち悪い感情を持つことを否定したい人の心理描写を書く。そんな方が酒に煙草に性に溺れるのを見たくなかった。彼の天才性が損なわれると思ったのだ。彼の堕落にはきっと理由があるはずだ。彼の作品をもっと読みたいから、シュウさんには長生きして規則正しい生活をして作品を書いて欲しかった。
俺はシュウさんの作品が大好きだ。シュウさんは自分に作品を目の前で読まれることを嫌うので、俺は『痴人の愛』をこっそり愛読している。
シュウさんは俺と暮らすことでだんだんと天才性を取り戻していった。その様子が『痴人の愛』に被っていく。理想のシュウさんを俺が育てているみたいだ。
そんなシュウさんは、賞の創設で変わってしまった。賞を取るために俺から目を離して奔放に動くようになってしまった。天才性を損ない、俗っぽい賞を求めて本当に堕落してしまったシュウさんを見捨てたかった。けれど、シュウさんの作品を捨てられない。
俺は、『シュウさんの作品』を愛しているのだから。
「一緒に死んでくれないかい?」
そう言われた時、俺は頷いた。これ以上こんなシュウさんを見ていたくない。
「良いですよ。先生がそう言うなら」
俺は、シュウさんの作品と共に心中することにした。
さっちゃん
シュウさんはとても売れている作家よ。作品の幅も広いから褒めるほどの内容は知らないけれど、作品の名前は知っているという事がよくある大作家。そんなシュウさんの所へ嫁入りするというと周りからはずいぶんと羨ましがられたものよ。たとえ、男と心中未遂をして生き残ってしまった経歴に傷のある男の人でもお金を持っていることには変わりないわ。些細な事よ。
お金や名声は大事よ。生きていくためには必要な事よ。
シュウさんはいつもビクビクしていて、今の生活に後ろめたさがあるみたいなだった。
それなのに人を笑わせようと頑張るみたいな作品を書くからまるでへたくそな笑わせ人形みたいよ。どうやって笑わせたいのか、何をしたいのかまったくわからないへたくそな笑わせ人形。シュウさんは『斜陽』風に言うとM・C(マイ・コメディアン)であると思っているみたいだけれど、とってもへたくそで笑えないわ。だって他の作家さんからはその人を感じられるのに、シュウさんの作品からシュウさんが感じられないもの。
「シュウさんは何がしたいの? 何になりたいの? 私はシュウさんの作品をいくつか読んだけど全然シュウさんが見えてこなかったわ」
そう言った数日後、シュウさんは自殺した。そばに書きかけのものがあったけれど、なにが書いてあるかわからなかった。だから、シュウさんが最期に何を書いたのかその内容は誰にも分からないのよ。
シュウさんの死んだ後に、私は妊娠していることがわかったわ。これから私は自殺した超売れっ子作家シュウの未亡人になる。お腹の子と私はこれからも前を向いて生きていくのよ。
その他
シュウさんの作品の幅は広すぎる。彼にはいったい何が見えているのだろうか。我々が必死に売れようと作品を作っているのに、あっという間に我々の作品の上を行く。いくつもの登場人物や物語が思い浮かぶ天才なのだろう。
けれど、彼本人と交流するとそんな天才には見えない。とても多種多様な作品を書けるような人とは思えない。まるで、複数の異なる人がシュウさんという人の体を借りて作品を書いているようだ。
そういえば賞を作ろうという動きが合った時、シュウさんは人が変わったかのように賞を欲しがった。地位も名誉も金も才能も持っているというのに、なぜ賞なんて欲しがるのだろうか?
「あなたの存在は大きすぎるのです。新人を育てなければ小説の未来はありません」
正直にそう伝えた。それほどシュウさんの人気は強すぎた。それから数日後、一緒に暮らしていた男と心中未遂をしたらしい。いったい、シュウさんはなぜそこまで賞と欲しがったのだろうか?
【小説家から見た小説家シュウについて 著:ライアン より引用】
彼ほどの才能を持った人物を私は見たことがない。
いくつもの作品を世に出してそのほぼすべてが民衆にうけたが、とある一つの作品が実に惜しい。面白いといえば面白いのだが、他の作品に比べれば見劣りする作品だった。
それがなければ完璧すぎる人間になってしまうと私は思っていたのだが、彼を嫌う評論家はその傷のような面白みのない作品に過剰に反応した。その作品が発表された時にはシュウ先生の時代は終わったなどと言ったのだ。次にそんな作品が出ないか待ちわびているような評論家を私は好かない。
【作家シュウの天才性と評論家の姿勢 著:アイリー より引用】
「へえ、これがこっちで読まれている本なんだ。俺はラノベしか読まないから詳しくないけど、なんか学校の教科書で似たような話を見たことがある気がする。世界が変わっても似たような話はあるもんだな。え、この作家さん自殺したの? どんな人だったんだろう」
【異世界転移者の流行本への感想】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?