愛を知り、名を改め、また逢う日まで 来寝花様
暗闇と妖怪が跋扈する平安時代。道行く旅人を誑かしては生気を貪る九尾の狐がいた。
その豊満な乳房と艶めかしい生足、そして美しい顔を見た旅人は吸い込まれるように九尾の狐に身を委ね生気を搾り取られる。九尾の狐は彼岸花の着物に身を包んでいたので、『狐花』と呼ばれ恐れられていた。
そんなある日、狐花はいつものように旅人の男を誘惑したのだが今日の男はいつもと違った。男は狐花に魅了されながらも生粋の細工師だったのだ。
「あなたの美しい黒髪に似合う装飾は何だろうか……」
狐花は困惑する。今まで自分の肢体に魅了されるものは数あれど、自分の髪に似合う装飾を考える男など見たことがない。
「おぬしは面白い男じゃのう」
「あの意匠では大きすぎる……これは華美すぎる……」
唸る男に狐花は興味を抱き、ともに行動をすることにした。
それから長い時が過ぎ去り二人は夫婦の関係になった。平穏に暮らしていた二人であったが、運悪く狐花の今までの所業を知った妖狩りの集団と出会ってしまったのだ。妖狩りは狐花を封印しようと襲い掛かってくる。
「狐花!」
「おまえ様!」
二人は手を取り合って走る。何とか妖狩りから逃れることが出来たが、その際に狐花は八本の尾と豊満な体を失ってしまい尻尾が一本の幼子になってしまった。そして二人は妖狩りから逃げるために故郷を離れて南へと向かう。
南へなんとか逃れることが出来たものの、狐花の胸には常にある思いがあった。
『自分が一緒に居れば、また夫にも危害が及ぶのではないか?』
その不安は日々大きくなり、やがて狐花は決断をするのだった。
夫が寝静まった頃を見計らい、そっと夫の横に立った狐花は名残惜し気にその顔を見る。しかし決意を胸に思いを振り切ってそばを離れようとした時、昔よりも小さくなってしまった狐花の手を寝ていたと思っていた夫が掴んだ。
「お前とはずっと居た仲ではないか。今更離れることなどできない。せめて毎夜寝床に着て一緒に寝てくれまいか」
夫から掛けられた言葉に狐花の目から涙がこぼれる。その夫の一言だけで胸にある不安などひとつ残らず消し飛ばされ、狐花はこれからも夫と共にあることを決意しその意味も込めて『狐花』から『来寝花』へと名前を改めたのであった。
二人はそれからも南で見つけた安住の地で暮らす。夫はようやく落ち着いて細工が出来るようになると来寝花のために髪飾りを作り始めたが、その幸福も長くは続かなかった。夫は病に侵され床へふせる日が増えたのだ。
「お前に似合う髪飾り……何があろうと完成させるからな」
その言葉を最後に夫は息を引き取った。
夫の未完成な髪飾りは白い彼岸花をあしらったもので、その花言葉には『また逢う日を楽しみに』というものがあった。
その意を読んだ来寝花はまた夫と出会うため、未完成の白い彼岸花の髪飾りを身に着けて人間の魂が集う彼岸旅館へと足を運ぶことになるのであった。
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