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夢の国にて

祖母の誕生日にディズニーシーへと行ってきた。
主役である祖母がソアリンに乗りたいとずっと言っていたからだ。

1ヶ月前にチケットを取り、祖母と母の家からも行きやすい直行バスも予約し、いざディズニーシーへ。祖母が最後に行ったのは8年前で、それも私たちと一緒だった。(当時私は金髪だった)

計画を立てた私と妹はいつも友達と行くような感じで「12時くらいに着けたらいいよね」と通称イージーディズニーの予定でいたが、祖母の要望により9時に集合。満員電車は辛いし朝は眠かったけど祖母が喜ぶなら容易い。

入ってすぐにお誕生日シールを貰い、それから帰るまでたくさんのキャストさんからお祝いされた祖母は「一生分おめでとうと言ってもらえた」と言っていた。お祝いされるたびに手をひらひらさせて「はい、ありがとう」と言う祖母がとても誇らしかった。

お目当てのソアリンは160分待ちだったので、体力も考えて4人分のファストパスを購入。スイスイと入ってアトラクションを楽しんだ後、拍手をして喜んでいたのがこっちまで嬉しくなる。それからご飯を食べてる時も園内を歩いてる時も、ソアリンがすごかった話をずっとしていた。

祖母は「最後」という言葉をよく使う。2年前に亡くなった3代目の犬を「あの子が人生最後のワンちゃんだから」とか、スマホの調子が悪くなっても「最後のスマホにしたいから買い替えたくないの」とか。普段お世話になってる分、もう人生が終わることを想像しているのは悲しい。まだまだ長生きしてほしいのに、といつも思っていた。

ディズニーシーでパレードを待っている時、祖母がふと「次に来る時は杖があったほうが歩きやすい」と話してくれた。あんなに最後と頻繁に言っていた祖母から、次という言葉が聞けるとは。いつも迷惑ばかりかけている私だけど、またここに祖母を連れて来れるなら日々のちょっと嫌なことだって目を瞑ろう。


舞台で出会った人たちの中で「私が何年お芝居と向き合ったとて、この人には勝てないな」と思う上手さとか面白さを持つ人が何人かいる。劣等感を抱くこともなく、諦めに少し似たような気持ちでただ凄いなぁと圧倒されるばかりだ。

そんな凄い人から少し前に連絡が届いた。出演する舞台のお知らせと「糸ちゃんが撮影会とかで活動しているのを見て刺激をもらってます」の言葉。
こんな私が誰かに刺激を与えられるわけがないだろう。嘘だとは思ってなくとも疑いたくなる気持ちはある。(実際読んだ時に「えぇ•••?」と小さい声で言っちゃった)
彼から見た私は、きっとそんなことを考えているようには見えないのかもしれない。でもあなたは本当にお芝居が上手くて素敵な人ですと伝えるためにも、今の彼の芝居に刺激をもらいに舞台行こうかなぁと思ったりなどした。

母と妹がポップコーン探しに先をどんどん歩いている中、祖母から「あなたの天職はテーマパークのダンサーだって、あなたが小さい頃からずっと思ってるの」と言われた。ダンスがとっても上手だったらそんな人生もアリだったかもね、と返す。ダンスも芝居も、人を楽しませる仕事だ。根っこの部分が暗い私も、いつか誰かを楽しませ刺激を与えられるだろうか。

次に祖母がディズニーに来る時は私が踊っている時。なんていうありえないシンデレラストーリーを頭の片隅で妄想しながら、でもいつか、私が大きな舞台やスクリーンでお芝居しているところは見せたいなと現実と夢の間を行き来した。夢の国マジックはきっとある。

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