短編小説「おかあさんといっしょ」

 子供が生まれてすぐに妻を亡くしたエス氏は、子育てに悩みを感じていた。再婚することも考えはしたが、そう言った話はまるでなかった。
 ある日の昼食、息子がピーマンは食べたくないと駄々をこね始めた。
 こういう場合、他の家ではいかにして躾けるのだろうか。エス氏はどう叱ったものかと悩んでしまった。
 そんな時、家のチャイムが鳴った。
 慌ててエス氏が玄関を開けると、そこには怪しい風貌のセールスマンが立っていた。
 自社の商品を売り歩いていると言うその男は、何か困ったことはないかと尋ねてきた。
 育児の悩みを伝えると、一つの商品を鞄から取り出した。それは薄型のタブレットだった。
「この商品は『おかあさんといっしょ』と言ってですね、人工知能が母親のように接してくれる機能を備えているんです。その上、幼児教育まで可能。今なら特別価格でお譲りしますよ」
 息子のためになるならばと、エス氏は半信半疑でそのタブレットを購入した。

 その日の夕食、息子が人参は食べたくないと駄々をこね始めた。
 またしてもエス氏はどう叱ったものかと悩んでしまった。
「お母さんは人参好きだけどなぁ」
 タブレットに映るキャラクターがそう言った。
 息子は少し考えると渋々口へと人参を運んだ。
 エス氏はホッと安堵した。いい商品を買ったものだ、と満足げに料理を口へと運んだ。

 しかしそう思えたのもつかの間だった。タブレットを買い与えて以来、息子はそれを片時も離さないようになってしまったのだ。何をするにもそのタブレットに尋ね、エス氏に話しかけることが減った。
 エス氏は不安に思った。このままではあのタブレットを本物の母親だと思い込んでしまうのではないだろうか。それでは幼稚園に行き始めた時に困ってしまう。
 安易に与えたタブレットが息子をダメにしてしまうのではと考えたエス氏は、息子に亡くなった母親の話をした。しかし、息子はまだ言葉を覚えたばかりで、どうやってもそのことを理解してはくれなかった。
 エス氏は諦めるしかなかった。
 
 ある日の昼食、息子が玉ねぎは食べたくないと駄々をこね始めた。
「お母さんは玉ねぎ好きだけどなぁ」
 タブレットに映るキャラクターがそう言った。
 そんな時、家のチャイムが鳴った。
 慌ててエス氏が玄関を開けると、そこには怪しい風貌のセールスマンが立っていた。
「息子はあのタブレットを気に入りすぎている。別の教材はないか」
 エス氏は思い切って男に言った。
「あのぐらいの歳の子ですと、まだあの教材で構わないかと思います」
「小さいからこそ、それだけに依存しては困るんだ」
「あのタブレットは息子さんにとって母親そのもの、お母さんと一緒なんですよ!それを引き離すだなんて!」
「何を言っているんだ! それだと困るんだ! 代わりになる教材を持って出直してこい!」
 エス氏は怒ってセールスマンを閉め出した。
 やはりあのタブレットを取り上げるべきか、そんなことを考えながらエス氏は息子の待つリビングに戻った。
 リビングに着くと、息子がタブレットに玉ねぎを擦り付けていた。

元気になります。 ケーキを食べたりします。