短編小説「路上ライブ」 2/2

 野次馬の山は瞬く間に消えて無くなった。皆、男に一声かけることもなく散り散りに去っていった。
 残されたのは呆然とする男と、私を含めた数人の野次馬だけだった。先ほどまでの喧騒はまるで嘘のようだった。
 しばらくして男は再度咽び泣いた。「すみません、すみません……」と言ったように聞こえた。
 彼は震える手で荷物をまとめると、投げ銭の入った容器を大事そうに抱えてよたよたとその場を去った。CDの入ったダンボールだけがそこに置き去られていた。
 私は何もすることが出来なかった。一歩踏み出すことも出来ず、他の野次馬達に便乗することも出来なかった。同情をするだけで何も行動に移せず、ただ傍観を続けるだけだった。
 男はここで路上ライブをし、失敗はしたがCDを作り、十分に行動で示していた。それでも彼は評価されず、同情されるだけだった。
 そんな彼が惨めに見え、それ以上に自分が惨めに思えた。
 私は彼に同情する資格すらないのではないか。
 私が出来る事といえば、男の後ろ姿が見えなくなるまで傍観を続けること。また次に彼がここへ現れた時、立ち止まって懺悔のように曲を聴くこと。それぐらいだろう。
 私は毎日のように駅前を通った。
 未だに血の跡が残るその場所にあの男が居ないか確かめるためだった。
 一週間が経ち、一か月が経ち、いつしかダンボールは撤去され、もうすぐ一年になろうとしている。しかし、一度たりとも彼の姿を見かけることはなかった。
 私は彼がもうここにやって来ないだろうことをとっくに理解していた。それでも、どれだけの月日が経っても私はその道を通った。
 私は彼への罪悪感を、行動で示し続けなければならなかった。

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ito.ur.right
元気になります。 ケーキを食べたりします。