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死せるいつかの
何処かで知らない誰かが、死んでほしくなかった誰かが、意思のそれとは全く別にこの世から去ってしまうのを、ここ最近よく目にする。
それを見るたびに、あまり思い出さない方が良かったことを思い出す。
死んだときは、死ぬときは、きっとまっくらな穴に落っこちるのだと、そう幼い時分に考えたことがあった。
幼稚園時代には既に構築された死への道筋は、
どうしようもない程暗くて救いがなくて、死にたいのかと思われても仕方ないようなものだった。
別に死にたいわけじゃない。
齢一桁の考えることなんて好奇心から来る未知への恐怖でしかない。
ただ、なんとなく死が近く感じて、うっかり覗き込んだらやばかったってだけ。
頻度は減った今でも、そう考えた頃を覚えている。
死の向こうには何があるのか。
一本道をひたすらゆく。ある堺でそれは真っ黒なものになっている。
地面も、空も、すべてが真っ暗。
そこへ踏み出した途端、カウントダウンの音がする。
私の意思は、感情は、人格は。
何処かで瓦解するのを聴きながら、しかし前には一つの道しかない。後ろはもう薄霧に包まれ、あとが無いのを尻目に前だけを臨む。
全て真っ暗なカーテンコールを抜けて、
ずるぅ、と足を滑らせる。
私は真っ逆さまに落ちてゆく。
この世界に二度と戻らず、
私という自意識はゆっくりと、
いつしか跡も無くなって、
誰も彼もが忘れて行って。
いたことも、考えていたことも
すべて、塵さえ残らないまま、
きっと私の存在は消えてゆく。
眠るように意識が消滅するのか。
苦痛と虚しさで締め付けられながら逝くのか。
そんなことを想像した後は必ず目眩がして生存本能故のフェードダウンでひとまず終了。
今はそれどころじゃないと兎に角追っ払って閉店ガラガラ。
生きていくためには、死への思考は煩雑過ぎて手に余る。
時として死は生の邪魔をする。
初めて知っている人がいなくなったのは小学生の頃だった。
幼少時から縁が続く、けれど小学校に上がるとともに消滅したと思われた腐れ縁な友人がいる。
算数のテスト前に担任にからさらっと打ち明けられたのは、その腐れ縁の母が亡くなったということだった。
意味がわからず、私は泣いた。
他の子達がテストに取り組む中で、私だけは何やら悲しいと、なんで悲しいのかわからないのに、ただその名前と事実を聞いただけで、私は泣くしかなかった。
正直、大して覚えていたわけではない。
小さい頃、遊びに行った時のこと。
もう記憶から抜け落ちた、写真でしかあった事実がわからない行事の光景。
自分の母が、あの子のお母さんはお菓子づくりが得意と言っていたこと。
腐れ縁の苗字すら、私は覚えてなかった。だけど懐かしさと微かに欠けている感覚があった。そんなことしか、私の中には残っていなかった。
二度目は祖父だった。
受験生で冬だった。たったひとりの、私が知る祖父というひと。
家に帰ると横たわった祖父の傍に父がいた。
私はとなりに座り込んで、少しだけ泣いた。
ほんのひとつぶ。目からほろりと落っこちただけだった。
あの間延びした声で、私の名前は呼ばれない。
手を繋いで歩いた、本当に小さい頃のこと。
やたらと増えていく雑貨類と、なにかとつけて買ってくるコンビニの肉まん。
「もう死んでしまいたいよ」っていうから、「あの世の婆ちゃんはまだって言ってるよ」と繰り返した。
いっぱいなんかあるはずなのに、なんも言えなかった。
ずっと傍にいたであろう父は、
「泣いてあげるのはいいことだ」
とだけ言った。
それから、仏壇には一つ位牌が増えた。
昔、一緒にいた当たり前にいた人間は突然いなくなってしまうものだと、知ったのはあの時。
さよならは突然やってきて、それは私達を待ってはくれない。
死んだらひとはどこへ行くのか。
肉体の死と魂の死は違うと言う。
肉体は土に、魂は空に。時折、かけらが私たちの日常に潜む。
せめてあの世で楽しくやっててくれよ。
じゃなきゃこっちが遣る瀬無いばかりだ。
覚えている。
いなくなった人のこと。段々とすれ切れたテープの様に、思い出すことも減った。それでも。
あなたに逢えたこと。
あなたと一緒にいたこと。
話したこと。好きなものを食べたこと。
私がいる限り、覚えているから。
だから、せめて。
私がいるまではこっちに居てくれよ。
ニュースやワイドショーで日々声高に叫ばれている、いなくなった人達と遺された人達。死は遠いようで近い。平和かそうじゃないかなんて関係ない。私達は簡単に死んでしまう。それを、忘れているだけで。
いつか自分だって、思いがけず足を滑らして暗い底に落ちてしまうかもしれない。
死せるいつかの終わりには、せめて忘れたくない人達のことを思い浮かべたい。