日本版DBS、実現なるか? 世界の状況 データベース化よりも必要なもの 問われる日本人の人権意識
子どもと接する職場で働く人に性犯罪歴がないことを確認するための「日本版DBS」の新制度法案について、加藤鮎子少子化相は10月16日、臨時国会での提出を見送ることを発表した。
当初は臨時国会での成立を目指したものの、保育所や学校に限定される義務化の対象が問題視され、与党内で異論が相次いだためだ。
一方、岸田文雄首相は性被害防止に関する会議で、保育や教育現場での対策を強化するために、防犯カメラ設置費用を公費で補助すると発表した。
この決定に対して、法案の提出が遅れたことで性被害対策が後退したとの批判も交わす狙いもあるとのこと(1)。
加藤少子化相は報道陣に対し、
と述べた。
日本版DBSに関しては、小倉將信前少子化相が今年6月、臨時国会への法案提出を目指す考えを表明していた。その後、こども家庭庁の有識者会議は9月上旬にDBSの制度案を報告書にまとめていた。
こども家庭庁はDBS制度について、学校や保育所などに性犯罪歴の照会を義務づける一方で、民間事業者は任意での利用とする方向で検討している。
性犯罪歴の有無を確認できる期間については、「刑を終えて10年がたつと刑が消滅する」などとした刑法の規定を踏まえ、上限を設ける方向で調整している。
今後、子ども家庭庁は性被害防止の好事例を収集し、保育所や児童福祉施設などへの防犯カメラの設置費用を補助する一方で、パーティションの設置によって子どものプライバシーを保護する方針を採っていく。
日本版DBSとは
DBS(前歴開示・前歴者就業制限機構)は、「Disclosure and Barring Service」(ディスクロ―ジャー・アンド・バーリング・サービス)の略称。
この制度は、子どもに関わる仕事をする事業者が、従業員の過去の性犯罪歴などを把握するための仕組み。
これにより、性犯罪歴がある人の採用を未然に防ぐことができる、という制度だ。
詳しく見ていくと、事業者は従業員の同意を得てDBSにチェックを依頼し、性犯罪歴などを確認。これにより、事業者は従業員の安全性を確保するための情報を得ることができる。
そして、この情報は本人に証明書として発行され、事業者にも通知される。
DBS制度が注目された背景には、3年前の強制わいせつ事件がある。保育士のマッチングアプリを利用していたベビーシッターの男2人が、保育中の子どもの体を触り逮捕された事件が発生し、逮捕された2人は性犯罪を繰り返していた。
ベビーシッターが保育中に性犯罪を繰り返し、逮捕される・・・。このような子どもへの性犯罪に対する現実を受け、安全対策の必要性が浮き彫りになった。
そのため、こども家庭庁では、憲法や刑法の専門家と保護者の代表が協力する有識者会議を組織し、DBS制度の導入に向けた方針を検討。その結果、報告書がまとめられ、その中で制度の具体的な方向性が示された。
報告書によれば、学校や保育所、児童養護施設などの公的な機関には「義務付け」がありますが、民間の事業者には「任意の利用」とされた。
有識者会議では、対象を広げるべきかどうかについて議論があったものの、民間事業者には公的機関とは異なる制約があることから、今回は「任意」という結論に至る(3)。
世界の状況
日本版DBSの仕組みは、約20年前にイギリスで導入された制度を基にしている。このデータベースは、雇用主に対し、求職者の犯罪歴を知らせる全国的な組織だ。
カバーする範囲は、有罪判決や裁判事案だけでなく、場合によっては警察がその人物に関してもつ情報も含まれる(4)。
また、イギリスのDBSの犯罪証明書には、性犯罪に限らず一定の罪が、法律に基づき一定期間あるいは永久に記載される(5)。
そして雇用主は、DBSの情報や前職の情報に基づき、その人物を雇うかどうかを判断する。
ただし、イギリスのDBSは子どもにかかわる職種だけでなく、「脆弱な大人」(6)と定義される18歳以上で施設などに入所している人や、機能や心身の面で介助を必要とする人に接する仕事に就く人もリスト化。
具体的には、病院、学校、介護、保育、障害者支援、そして一部の警備分野など、様々な職種を対象にし、年間700万件以上の証明書が発行されている(7)。
その他、イギリスだけでなく、ドイツ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドなどでも似たような制度が存在している(8)
一方で、すでに日本も同様の対策を講じており、犯罪歴に関するブラックリストというものがすでに存在する。各市町村における犯罪人名簿は、検察庁からの通知に基づき、有罪判決や科刑の記録が記載されている(9)。
これは「前科」がある人のリストであり、前科があれば弁護士や医師などの職業に就くことを一定期間制限される。ただ、前科は10年で消滅し、職業制限もそれで解除される。
DBSには懸念点もある。例えばアメリカでは、州によっては性犯罪を犯した人の情報がインターネットで公開されている。情報が公開された人たちの中にはもう、町では暮らせないようになったケースもある。
そうなると部屋も借りられず、仕事も見つからない。そのために宗教団体がサポートする性犯罪者だけのコミュニティーが山奥にできている状態だ。
データベース化よりも必要なもの 問われる日本人の人権意識
懸念される点はまだある。そもそも日本版DBS議論の前提となっているのは、「性犯罪者は再犯率が高い」という見解だ。
再犯率とは、一度罪を犯した人が再び罪を犯す割合のことであるが、実際には日本の法務省は、これを実証しうる具体的なデータを持っていない(10)。
というのも、これを具体的に出そうとすると、個別の追跡調査が必要であり、あるいは追跡の期間や同種の犯罪に限るかなど、いくつかの問題をはらむからだ。
そして何より、服役後、個別に追跡調査することは人権の観点からも問題があるからである。
法務省が出しているデータには、「再入率」というものがある。刑事施設を出所した人が2年以内に再入所した割合であり、これが比較的、再犯率に近いデータであるという(11)。
しかし性犯罪の2年以内の再入率(2020年)出所者で5.0%となっており、出所者全体(15.1%)と比べても、低い数字だ。
他方、全く対策をしないわけにはいかない。性犯罪の被害者は被害を受けていない人に比べ、自傷行為や自殺のリスクが2倍近いというデータもある(12)。
また、子どもへの性犯罪の場合、リビクティマイゼーション(再被害者化)されるという問題もある。
これは援助交際など、子どもが自ら性暴力被害に遭いに行っていかのような行動が、本人の乳幼児の性被害に起因している場合もあるからだ。
そもそもの問題として、アメリカなどでは小児への性犯罪が社会的にとても厳しく対処されているのに対し、日本は異なる。
要は、日本人全体の人権意識の”希薄さ”が問われているのだ。
(1)西日本新聞「DBS法案先送り決定」2023年10月17日付朝刊、2項
(2)読売新聞オンライン「「性犯罪歴なし」確認する「日本版DBS」、法案の提出を見送り…少子化相「来年以降早い時期に」」2023年10月16日、https://www.yomiuri.co.jp/politics/20231016-OYT1T50125/
(3)木村祥子 「「日本版DBS」ってなに?~子どもを性被害からどう守るか」NHK解説委員室、2023年9月19日、https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/487681.html
(4)渡辺志帆「日本版DBSのモデルになったイギリス 責任者が明かした制度導入のヒントと抱える課題」朝日新聞GLOBE+、2023年9月1日、https://globe.asahi.com/article/14989126
(5)https://www.gov.uk/government/publications/dbs-filtering-guidance/dbs-filtering-guide
(6)https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2006/47/pdfs/ukpga_20060047_en.pdf
(7)渡辺志帆、2023年9月1日
(8)IDEAS FOR GOOD「日本版DBSとは・意味」https://ideasforgood.jp/glossary/japanese-dbs/
(9)関根和弘「日本版DBSの議論で持つべき冷静な視点 専門家が指摘するブラックリスト化の危険性」朝日新聞GLOBE+、2023年8月31日、https://globe.asahi.com/article/14993254
(10)関根和弘、2023年8月31日
(11)関根和弘、2023年8月31日
(12)朴琴順「日本版DBS、子どもの性被害をしっかり防ぐ制度に フローレンス会長・駒崎弘樹さん」朝日新聞GLOBE+、2023年8月29日、https://globe.asahi.com/article/14977456
(13)朴琴順、2023年8月29日