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【創作大賞2024】【漫画原作部門】『Lost Wing's』第三話

 マンティコアは、ブースターを全開にしてパンサーへ迫る。
「なに?」
 迎撃するためにブレードを構えるが、マンティコアはパンサーの横を通り抜け、背後のC.Cを縦に両断して足元の装甲車と飛んでいたヘリを撃ち抜いた。
『行け。姫さんは奥だ』
「……何が狙いだ?」
『事情が変わってな。コイツらを先に殺すことに決めた』
 マンティコアはパンサーの方を向きもせず、帝国軍の軍勢へ攻撃しながら答える。
「──分かった。ありがとう」
 パンサーは一秒ほど考えるが、マンティコアが敵に回ってはライラの救出が困難になると迷いを振り切る。
『次はお前だ』
 立ち去るパンサーの背を、マンティコアの声が押した気がした。

「……なんだ?」
 パンサーは雑兵を薙ぎ倒しながら進んだ先で一際大きなビルを認め、近寄ろうとする。
 するとそのビルの陰から、右手に何かを持ったC.Cが現れる。
 その機体は、右手をズイと前に差し出す。
『そこのC.C! キマイラと言ったか……。ライラ王女を殺されたくなければ、マンティコアを止めたのち投降せよ!』
 右手をズームしてみると、確かに、ライラがC.Cに捕らわれていた。
 彼女は顔を上げてパンサーを見ると、唇を震わせてから歯を食いしばり頭を左右に振っている。
 まだ、助けようとしてくれているのだ。
「……ライラ。舌を噛むなよ」
 パンサーは意識して優しく言うと、一歩、また一歩と敵機に近付く。
『くっ、来るなと言った!』
 敵機は右腕を高く掲げ、地面へ向けて振り下ろそうとする。
 だがパンサーはその瞬間に鋭く踏み込むと、ブレードで無防備になった敵機の胴を、コックピットを貫いた。
 C.Cは支えを失ったように脱力して地面に膝をつき、右腕からも力が抜ける。
 右腕が力なく垂れる直前、パンサーのC.Cがそれを柔らかく受け止め、指を解いて左手の平へライラを乗せる。
 それをコックピットの目の前へ寄せ、その場で跪く。
 遠くでマンティコアが戦う音が聞こえるが、パンサーは構わずハッチを開けて顔を出した。
 手のひらに座り込んだライラの、涙を湛えた目と視線が交わる。
 震えながら差し出された彼女の両の手をしっかりと両手で包み、視線を合わせるためにしゃがむ。
「……」
 こういった時、どう声をかければ良いのか、パンサーは知らない。
 しかし、彼女は言葉を待っている。
 しばし無言のまま見つめ合って、パンサーは気付く。
「──隈が、ひどいな」

 マンティコアとその援護に回ったパンサーは、基地を壊滅させ、向かい合っていた。
 ライラは離れた位置から二人を見つめている。
『さて……続きを始めようか』
「わかった。始めよう」
 残弾は僅か。機体にもガタがきている。
 決着は一瞬だ。
 マシンガン、ブレードを構え、見つめ合い隙を探り合う両者。
 瓦礫が、音を立てて崩れた。
『キマイラぁぁあ!』
「マンティコア!」
 それを合図に、二機のブレードがぶつかり合って火花を散らす。
 両者は即座に飛び退いて距離をとりつつ、同時にマシンガンを相手へ向けて連射する。
 地面をホバーで移動しつつも相手からの銃撃を受けて装甲を削られ、パンサーは物陰に隠れる。
 そこでお互いの銃撃は止んだ。
「『弾切れか』」
 一息おいて、パンサーは物陰から飛び出して急速でマンティコアの機体へ接近する。
『させるかよ!』
 マンティコアはブレードを警戒し、接近させまいとマシンガンを投擲する。
 パンサーは避けきれずに機体で受け、バランスを崩して足が止めてしまった。
『もらったぞ、キマイラ!』
 好機と見たマンティコアがパンサーの機体へ急接近する。
「俺は……俺はパンサーだ」
 そのままブレードでパンサーのC.Cの胴を切断しようとして……止められた。
『なに⁉』
 マンティコアのブレードは、パンサーの機体が持つマシンガンの銃身に受け止められていた。
 引き抜こうとするも、今度は腕を掴まれて動きを止められる。
「さすが最新型。頑丈に出来ている」
『忘れたか、キマイラ!』
 マンティコアは即座に胸部ガトリングでパンサーの機体胴体へ狙いを定めトリガーを引くが、突如機体のバランスが崩れて狙いが逸れ、パンサーの機体の頭部を撃ち抜くに留まる。
 見ると、マンティコアの機体の右腕はブレードによって切断されていた。
「終わりだ、マンティコア──いや。アフティ!」
 パンサーは右腕のブレードを振り上げ……マンティコアの機体から四肢を切断した。
 支えを失ったマンティコアの機体は地面へ倒れて、動かなくなる。
「……」
 パンサーは地面へ倒れた彼へ何も言わず、とどめもさそうとしない。
「殺せ……俺もみんなの所へ送れ、送ってくれよ! キマイラぁぁあ‼」
 頭部を失った機体は立ち上がり、マンティコアの慟哭を背にして立ち去った。
 ライラの目の前まで歩いて来ると、彼女へ左手を差し出す。
 彼女が促されるとおりに手のひらへ乗ると、パンサーはそのままコックピットにライラを招き入れ、コックピットの後部座席へ座らせた。
「どうして、助けてくれたの?」
 ライラは、後ろを振り向かないパンサーを気にして疑問を口にする。
 彼は一度だけ視線を向けたが、すぐにまた前を向く。
「最善を尽くすと、誓ったからな」
「それって……ううん。ありがとう」
 短く言ったパンサーは、それ以上は何も答えなかった。

「ねえ。このあたりで休憩にしない?」
 約十時間後。
眠りから覚めたライラは、モニターから外の景色を見ると身を乗り出して前のパンサーへ声をかける。
「少し待ってくれ。……そうだな。このあたりで休もう」
パンサーは計器を一通り見回し、時計を確認すると頷き、湖のほとりに機体を止めてコックピットのハッチを開けた。
直後、コックピットにヒンヤリとした空気が流れ込んでくる。
「──わあぁ。パンサー、凄く良い景色よ!」
ライラは、コックピットのモニター越しではなく肉眼で見る景色に満面の笑みを浮かべてパンサーを見る。
「そうだな。良い景色だ」
 満点の星空が湖面によって反射され、星空の絨毯を作っていた。
 パンサーはその景色を見てなのか、それともいないのか、ライラへ視線を向けて答える。
「……パンサー。私ね、帝国軍に掴まる時は、『これで良いんだ』って思ってたの」
 数秒の間があって、ライラは後部座席に座ったまま少し俯いて唐突に語り始める。
 いきなりの事に首を傾げるパンサーだったが、ライラは構わずに続けた。
「両親や国民が帝国によって虐げられていたとき、私には何もできなかったから」
 パンサーは操縦席のシートを回転させ、ライラと向かい合うと静かに耳を傾ける。
「でも結局、死にたくないって震えてたの。……あなたが助けてくれるまで」
 パンサーの右手が不意に両の手で掴まれる。
 二人の視線が交わり、お互いに何も言わないまま、しばしの沈黙。
「また会いたいわ」
 ライラは頬を赤く染め、懇願するような声で言う。
 星と月に照らされたその顔は息を呑むほど美しく、初めて彼女を見た時のように、パンサーは見惚れてしまう。
「共和国は君主制だ。きっときみは王族に──難しい、だろうな」
 自分の気持ちではなく、ライラが自身と会う事が難しくなるだろう。と誤魔化すパンサー。
 無表情な頬には、ほのかに赤みがさしている。
ライラは寂しそうに目を伏せると、すぐに顔を上げる。
「会えるわよ。だって、バーデンベルギアの花言葉は、『奇跡的な再会』だもの」

「ライラ、起きてくれ。間もなく共和国の領土へ入る」
 翌朝。
 いつの間にか眠りについていたライラは、パンサーからの声とC.Cが歩行する振動で目が覚める。
「そう。……もう、着いてしまうのね」
 身を起こしたライラは、小さく欠伸をすると悲しそうに呟く。
 操縦席のパンサーは何も言わずに頷くだけ。
 外は明るく、背の高い城壁が遠くに見えていた。
 門の外には、共和国軍のC.Cが数機立っていて、こちらへ手を振っている。
「事前に連絡が付いてな。既にきみを迎える準備は出来ているとのことだ」
 少し大きく機体が揺れると、歩行を止めてその場に跪く。
 見てみると大きな川が流れていて、向こう岸とこちらを渡るように橋がかけられている。
 パンサーは、橋へ足を掛けないギリギリの地点で歩みを止めたのだ。
「パンサー……?」
「ここまでだ、ライラ。俺は依頼を達成し、きみは生きて共和国へたどり着いた」
 パンサーを見ると、彼はコックピットの前にC.Cの手を構えて足場とした。
 ライラは昨夜言おうとしていた言葉が喉から零れそうになるものの、両親や側近、そしてパンサーたちの命懸けの行動を裏切る訳にも行かずにそれらを呑み込む。
「……ご苦労様でした、運び屋、パンサー」
「光栄です、ライラ・クロヌ・バーデンベルギア王女」
 パンサーの支えでC.Cのコックピットを出たライラは、こみ上げる涙を堪えきれずに目から溢しながらも、笑顔をつくってパンサーへ礼を言う。
 パンサーはといえば、不格好ながらもコックピット内で最敬礼を行うと、C.Cの手を待機していた装甲車の目の前に降ろした。
「こんど会った時は、昨夜の詫びに俺の話しをしよう」
 装甲車に連れられるライラの背中に、パンサーは短く、しかしハッキリと言う。
「! ……保証も無いのに。随分無責任な事を言うのね?」
 ライラは振り返り、未だ跪いているC.Cのコックピットで優しく微笑むパンサーを見上げた。
「俺は、きみの信じる『奇跡的な再会』を信じるとするよ」
 それだけ言うと、パンサーはハッチを閉じてC.Cを立ち上がらせて数歩後退。
 ライラの乗った装甲車が城壁の中に見えなくなるまで微動だにせず、彼女を見送った。

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