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認知症のお爺さんと娘思いのお父さん

ある寒い夜。
私と1匹は、散歩が終わり、自宅に帰る途中「よいしょ、よいしょ」と、コートも着ずに、O脚になった足を痛そうに引きずりながら、一歩一歩前に進んでいるお爺さんと出会った。
「すいません。〇〇駅はどちらですか?」
お爺さんに問いかけられ、私は道を指さしてゆっくり道順を伝えた。
「あー。有り難うございました。行ってみます。」
お爺さんは、そう言ってまた、一歩一歩歩み始めた。
私は、会釈して、通り過ぎ、家の前に着いた時、ふとそのお爺さんが気になった。
この寒空の下、コートも着ずにあの足で、1人で歩いて、駅まで?
しかも、地元であろう方が近くの駅を知らない?

私は、もう一度、1匹と散歩コースに戻り、数分前と同じように、お爺さんの横を通り過ぎた。
すると。
「すいません。〇〇駅はどちらですか?」
さっきと全く同じようにお爺さんに声をかけられ、私は、お爺さんが認知症である事を確信した。
「私も丁度行く所でしたから、一緒に行きませんか?」
そう声をかけると
「ありがたい!お願いします!」
と、お爺さんは嬉しそうに言った。
そこから認知症のお爺さんと私と1匹は、満天の星空の下、白い息を吐きながら、交番に向かって歩み始めた。

「この犬お利口さんですね。全然吠えない。」
「有り難うございます。お爺さん、足は大丈夫ですか?」
私は、お爺さんの脇に手を入れ、支えながら歩いた。
「はい。大した事ありません。よいしょ、よいしょ。」
「〇〇駅には用事があるんですか?」
「はい。娘が待っているんですよ。」
「娘さん?」
私は、ちょっと驚いた。
もしかして、これは本当に、娘さんと待ち合わせているのかも。

「はい。1人で帰れる歳なんですけどね、迎えに来てって、私を待ってるんですよ。」
とお爺さんは嬉しそうに言った。
「へぇ..お迎えですか?」
「はい。娘は、小学生なんですよ。」
やっぱり認知症だ。
お爺さんの娘が小学生であるはずがない。
「甘えん坊でね。泣き虫なんです。何かあるとすぐに泣くんです。よいしょ、よいしょ。」
お爺さんは、足を引きずりながら、それでもしっかりと前を見つめ歩みを進めた。
「へぇ。可愛いでしょ。」
「ははは。まあね。私がいないと、ダメなんですよ。だから、急いで行かないと。私を待っているんです。」
その表情は、認知症のお爺さんではなく。
「そうですね。」
「泣いているかもしれない。遅いなーと思っているかも。早く行ってあげないと。」
優しい、娘思いのお父さんの表情だった。
「そうですね、急ぎましょう。」
「はい。よいしょ、よいしょ。」

寒空の下
白い息を吐きながら
O脚の足を引きずって
大切な娘の待つ駅へ

「よいしょ、よいしょ」

お爺さんは、認知症だ。
実際は、娘さんは駅にはいない。
お爺さんがいない事に気付いて、今頃探しているかもしれない。
認知症のせいで家族にいっぱい心配をかけているかもしれない。
認知症のせいで、昔からは考えられないほど、変わってしまったかもしれない。

でも。

娘思いの優しいお父さんである事に変わりはない。

認知症のお爺さんと私と1匹は、いつもより倍の時間をかけて交番に到着した。
到着した時、お爺さんの息は上がっていて、置かれてあったパイプ椅子に、すぐに腰掛けた。

「お姉さん、ありがとう。はあ、はあ。」
「いえ。遠かったから、少し疲れたでしょ。ゆっくりしてて下さいね。ここの方達が娘さんに合わせてくれますから。」
「うん。わかりました。本当に助かった。ありがとう。」
「はい。こちらこそ素敵な時間を有り難うございました。お爺さん、お元気で。」
「お姉さんもね。」
そう言って、私達は別れた。

それから、数十分後、交番から電話があった。
お爺さんは無事に、探していた家族の元に帰ったと。

大切な娘さんの元へ。

#創作大賞2024 #エッセイ部門

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