心待ち
行きつけのカフェが欲しい。
内装は木がふんだんに使われていてほしい。その木目にコーヒーの匂いが染み付いていて欲しい。外界と私を切り離す窓があってほしい。外の音が入って来ないといい。無音の景色をただ眺めたい。聴こえるのはコポコポコポ…とコーヒーを淹れる音くらい。それぐらい、ひっそりしているといい。
仕事の後に三十分寄りたい。本を読んだり、小説を書いたり、窓の外を眺めたりしたい。コーヒーの香りと、木の温もりと、柔らかい時間に浄化されたい。虚ろな目でぼーっとして、ゆったりと呼吸して席を立ちたい。そんな行きつけのカフェが欲しい。
ゴールデンウィークはまさにゴールデン。仕事が繁忙。3日と4日、目の前に積もった業務と格闘し力尽きた頭にふと浮かんだ。
カフェに行きたい――。
乾き、痛みの走る目でスマホ画面を下る。しかし遠かったり、雰囲気がしっくり来なかったりで、なかなか行きたいカフェが見つからなかった。
しばらく画面上を行ったり来たりしたあと、指が止まった。
見覚えのある看板だった。茂みから覗くボードに青い文字。あれはカフェの看板だったのか…?…マイカー通勤の際、毎日通り過ぎている道沿いの建物だった。
壁も屋根もかなり古く、カフェという感じではなかった。一階はいつも開いているが、木工所のような、作業場のような雑多な見た目をしている。
二階か…?二階がカフェなのか…?
私の指はカフェ内の写真をタップする。思わず息が漏れた。鼓動が早くなる。
白い木の壁。茶色い木目がテーブルや椅子、床に伸びている。オバケのような観葉植物。浮かぶ丸いペンダントライト。ぽっかりと開いた窓。
職場から車で5分。求めていた場所はこんなに近くにあったのに、ずっと知らずに素通りしていたというわけか。看板も見かけていたのに立ち止まらなかったのは、きっと古い外観のせい。
人を見た目で判断するななんてよく言うけれど、でもきっとその通りだ。誰かを見た目で判断したら自分が損する。判断された誰かは、私の偏見など関係なく、個性的で豊かなままなのだ。
古びた建物の中に個性や豊かさが花開いているとも知らずに通り過ぎていた。立ち止まってよくよく見なかった自分が悔しい。
仕事上がりに寄ってみようと思った。メニューもチェックした。オープンサンドとカフェオレにしようと思った。あの空間に入り込める。空気に溶けて佇める。想像したら気持ちが逸った。
オフィスから出てスマホを取り出す。念の為、行く前にホームページを確認した。
まさかの休みだった。声にならない落胆を吐き出す。
欲しくなったら遠くなる。捕まえようとしたら逃げていく。なんなの?思わせぶりなの?
疲れで頭の中が散らばっている。仕方なくまた車で通過した。残念な思いを含んだ横目で、閉ざされたドアを流し見した。
今日のところはコンビニのカフェラテとチョコで我慢しようと、途中で寄った。
平日はバタバタだからカフェには寄れないけれど、今度の土日も休日出勤だろうからリベンジしてみる。コーヒーの香りを肺いっぱいに吸い込むまであと数日。窓から注ぐ陽と木目に溶けるまであと少し。静かに心待ちにしている。
ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!