小説で読むフランチャイズ法務 第2話 うちのノウハウ使うな!!
もうすぐお盆休み。去年までだったら大学はとっくの昔に夏休みに入って、今頃はどっかに遊びに行っていたか、昼まで寝て、夜はバイトって感じの生活してたなぁ。カノジョの真樹はまだ大学生だから友達と海外に行くとか言って、僕のこと放置してオーストラリアに行っちゃってるし、あー、僕も休みてぇ…。
なんて考えていた矢先、
「オイ、酒井。ちょっとこっち来い。」
とわたるさんから呼ばれた。
ヤベー、考えてること見透かされたかなぁ。わたるさん、人の心が読めるのか!?
この前の小田原店の電話以来、どうも考えが卑屈になってしまってる僕。かなりビビリです。
会議室に行くと、大田原常務の他に、知らない男の人が一人。
「藤堂先生、彼が先程話した新入社員の酒井です。」
と僕のことを紹介してくれた。
ん??先生???
「はじめまして、弁護士の藤堂です。」
と名刺を出しながら自己紹介をしてくれた。
べ、べ、弁護士??
「は、はじめまして。さ、酒井と申します。」
緊張して震える手で名刺交換をした。名刺交換なんて新入社員研修でやり方習ったけど、始めてだよ。しかも相手は弁護士先生。
「酒井、君は、今日はそこで座って聞いていればいいから。」
と小声でわたるさんが言い、全員が席についた。
「さっそくですが…、」
とわたるさんが切りだす。
「当社の加盟店だった株式会社ワンという会社があります。ワンは、宇都宮店を経営していたのですが、今年の3月に先方から解約の申し入れがあり、フランチャイズ契約を解約しました。ところが6月になって、たまたま当社のSVが旧宇都宮店の前を通ったところ、当社のCALM DININGと似たような内装造作のダイニングが営業されていて、店に入ると株式会社ワンの社長の安居氏が店に居て、店長以下スタッフもほとんどCALM DININGと一緒だったそうです。そこでSVが、安居氏に対して『競業違反ではないか』ということを言ったのですが、安居氏は『この店はワンが経営しているわけではなく、俺の父親が社長をやっている株式会社安居の店だ。営業者が違うんだから、競業違反なわけがない!』と言って、実際に保健所の営業許可を見せられたそうです。
当社としては、店長以下スタッフが同じで、実質的には安居社長が店舗を取り仕切っているのは明白ですし、メニューもCALM DININGとかなり似ているので競業違反として、どうにかして営業をやめさせたいのですが、営業主体が違うという点で非常に困っています。
そこで、今日は先生方のお力を拝借したいと思い、お越しいただいた次第です。」
はーー、それはやっかいな問題があるんだなぁ。そういえば、この前わたるさんとSVの今井さんが「宇都宮が…」と言いながら話し込んでいたけど、そういう話だったのか。
すると、藤堂先生が
「契約書はどうなっていますか?」
とすかさず、質問。
そうそう、契約書、契約書。契約書に答えが書いてあるのは、この前の小田原事件で学んだぞ。
おーー、ちゃんと書いてあるじゃん!!
すると、わたるさん。
「ご覧の通り、競業避止の定めはあるのですが、なにぶん古い契約書でして、第三者に営業させる行為も競業とするという定めがありません。安居氏の主張する通り、確かに第三者である株式会社安居が営業主体である場合、文理解釈からは競業避止義務の適用をすることができない状況になってしまってます。」
ダメじゃん(苦笑)。わたるさん、しっかりーー!!
なんて、応援している立場じゃないな。僕も法務部の一員だった。
さて、どうしたらいいんだろう??
出るか、弁護士先生のウルトラC?
先生は落ち着いた声で、追加の質問。
「内装造作が類似しているかどうかというのは、ある程度イメージの問題なのでしょうが、何か特徴的なことはありますか?メニューの類似というのは具体的にはどうなっているでしょう?」
「メニューについては、先生方もご存知の通り、CALM DININGの売りはステーキ、ハンバーグなどの洋食メニューで、特に人気のCALMハンバーグは、ハンバーグソースが当社独自のレシピを各店舗で作ることになっているのですが、このソースが実際に食べてみたSV曰く、かなり似通っていて、真似された可能性があります。」
「しかし、ハンバーグソースというのは、たとえばデミグラスソースベースでも、それほど大きく一般的なものと違いは出せないのではないでしょうか?」
「ええ、確かに見た目はそうかもしれません。しかし、当社のレシピでは、一般的には入れない食材を入れたりしています。それに、レシピについては秘密情報である旨を、契約書にもマニュアルにも、そしてレシピそのものにも記載しており、レシピについてはシリアル管理をしており、通常営業終了時にはそのレシピを回収しています。ところが宇都宮店ではレシピを失くしてしまったということで、営業終了時に紛失届が提出されているのです。そういった事情から、レシピが流用された疑いも拭えません。」
といって、わたるさんは紛失届を先生たちに見せた。
「レシピを秘密情報と定めていたのは幸いですね。それにシリアル管理も正解です。不正競争防止法の秘密管理性の要件を満たすでしょう。非公知性や有用性といった要件については立証するのが難しいところですが、契約書で定めがあるのであれば、要件的にはある程度対応可能かもしれません。」
と藤堂先生はニヤッとしてわたるさんを見た。
え??ひこうちせい?
何の話をしてるんだ??さっぱりわからん(焦)。わたるさんはわかってるのか???
わたるさんは平然とした顔で次に進む。
「ええ、いわゆる秘密情報に該当するかどうかという点については私も自信を持っています。問題は、第三者の競業についての点だけなんですが…。」
えー、わたるさんは話をわかってるの?
すげー!!
すると、
「川村さん、君、ある程度当たりをつけてるね。」
と藤堂先生はニヤッとしながらわたるさんに問いかけた。
え??なに、なに??
当たりをつけてるって?わたるさん、さっきから「わからない、わからない」って言ってるだけだけど、答えわかってるの?先生は何でそれがわかるの?
僕の頭の中は、「?」でいっぱいで、何の話なのか訳がわからなくなっている。
「ええ、実は…。いわゆる『ニコマート事件判決』というやつがありますね。あれでは、『フランチャイジーとなった者若しくは信義則上それと同視すべき者』が競業を行うことを違法であると判示していました。この判例の射程に含まれると私は理解しているのですが、先生方のご意見をいただけたらと思います。」
と、わたるさんは二人の先生の顔を交互に見た。
僕は、唖然として声も出ない。というより出せない。いや、出したところで、何の知識もないから何も言えないんだけどさぁ。
果たして、先生は…。
「おっしゃる通りですね。私も、今回の事案はニコマート事件判決の射程であると考えてよろしいと思います。もちろん、裁判上の争いになれば、『信義則上それと同視すべき者』の立証を行わなければならないので、そう簡単ではないでしょうが。」
へー、そうなんだ。契約書に書かれていなくても、信義則なんて技を使って適用できるようにするって裏技があるんだ。そりゃ、すげー。
「では、株式会社安居に対して、競業避止義務違反に基づき営業差止の請求をすることはできるという判断でよろしいでしょうか?」
「そうですね。基本的にはその方向でいいでしょう。どうしますか?仮処分でもやってみます?」
と藤堂先生は事もなげに言ってみせた。
話を聞いていて、さっきからずいぶんと過激だ。
営業停止って、営業やめさせたら、その安居さんって食っていけなくなるんじゃないの?
僕は自分の立場もすっかり忘れて、安居さんことが心配になった。
何も、そこまで強硬的にしなくても…。
安居さんだって、食ってくためには何かしなければならないってことなんだろうし…。
人間働かなければ、食っていけないし…。
わたるさんは、既に仮処分をする方向で話を前に進めている。このままだと仮処分すること決定だなぁ。いいのかなぁ。
僕はわたるさんの話もそっちのけで、ずっと考え込んだ。
そして…。
「あのー…。」
やべー、言っちゃったよ。黙って聞いてろって言われてたのに。。。
怒られるかもなぁ。
「ん?なんだい?」
藤堂先生は優しく微笑みながら僕の方を見た。
「酒井、何だ?何か意見があるなら言っていいぞ。」
とわたるさんも俺を見る。
「えっと。僕、まだよくわかってないかもしれないんですけど、仮処分で営業停止をするってことは、その安居さんって方は、店ができなくなるわけですよね?それって、その、大学の授業の中で『職業選択の自由』とかって習ったんですけど、その安居さんって方の職業選択の自由を奪うってことになるのかなぁって思って。それでも営業停止ってやってもいいものなんですか?」
言ってしまいました。笑われるかもなぁ…。
すると、先生は、
「ほー、酒井君、ちゃんと勉強してるねぇ。いいポイントだよ。」
と言ってくれた。
「実は、この競業避止というのは、まさにその職業選択の自由とのバランスの問題なんだよ。だから契約書にも、無制限に『永久にやってはならない』とは書かれていないはずだよ。裁判所の判断でも、競業避止義務は、期間と範囲と業種を合理的に定めてある限り、合法だとされている例もあるんだ。逆の言い方をすれば、期間、範囲、業種を無制限に、『いつまででも、どこでも、どんなことでもやってはならない』と定めた場合には、人の職業選択の自由を奪うことになるから違法になる可能性があるということが言えるかもしれないね。」
わたるさんも、僕の横でうなずいている。
よかった、怒られなかった。
そんなこんなで、とりあえず、ビビりながらも弁護士先生との打ち合わせを終えた大田原常務とわたるさんと僕。
そのあと、会議室に戻った。
「酒井、お前の今日の質問、よかったぞ。」
とはじめて褒められた。そして大田原常務からも
「そういう積極性は大切だから、これからも疑問に思ったらどんどん聞いたらいいな。」
と言ってもらった。
しかし、これで終わらないのが『鬼の川村』。
「ところで酒井。お前、何で競業避止義務なんて定めるかわかるか?」
へ??なんでって…。何か理由があるの?真似されたくないとか?
僕が悩んでる顔をみて、一言。
「じゃあ、それ、宿題な。僕が思いだしたときに改めて聞くから、それまでに答え用意しておけよ。明日かもしれないし、1年後かもしれないからな。」
と言って、わたるさんは会議室を後にしていった。
ひえー、鬼、悪魔、鬼畜!!
と口に出しては言えなかったが、心の中では大声で叫んでた。