見出し画像

エッセイ『読書と音楽とサイクリング』ハマとてっちゃん。

ハマは寝起きのヤギみたいな顔をしている。本人にそう言うと、細い目を一層細めて見せる。てっちゃんは食後のフナみたいな顔をしている。本人にそう言うと、口をパクパクして見せる。二人は高校時代からの友達で、知り合ってから、もうちょっとで半世紀になる。「気のおけない」という表現は奴らのためにある。

彼らの結婚式の友人代表スピーチは、勿論ぼくが務めた。

てっちゃんの時は「彼は本当にナイスガイで誠実で、新婦を心から愛しており、今日めでたく二人はここに結ばれたのであります。」と真面目に話して、会場は暖かい空気に包まれた。

ハマの時は「なんといってもハマの素晴らしいところはチ○コがデカイことであります。大学の時に、下宿の風呂場でお互いボ○キさせたイチモツを見せ合おうということになりまして、実際にやってみました。なんとハマはぼくの2倍ありました。新婦は実に幸せ者です。」と本当のことを言ったら、会場が水を打ったように静かになった。

どちらもそれぞれに、いい結婚式だった。35年前のことだ。

ぼくにとって、二人には共通点がある。二人から音楽に関して多大なる影響を受けた。生まれて初めて自分の小遣いで買ったレコードは「さだまさし・雨やどり」、続いて「矢沢永吉・時間よ止まれ」だ。恥ずかしい、などと言うと、このお二人に失礼だ。でも恥ずかしい。そしてこの直後、高校に入って、ハマとてっちゃんに出逢うことになる。彼らは兄弟の影響なのか、持って生まれたセンスなのか、ぼくとはまったく異質の音楽を楽しんでいた。家に遊びにいくとセミアコとアンプがあった。

「リトナーと高中の共演は痺れるなあ。」「ぼくは渡辺香津美のキリンに今は夢中や。」「坂本龍一の嫁さんて矢野顕子なんやろ?天才同士の夫婦やなあ。」「ベーシストは櫻井哲夫もええけど、ぼくは鳴瀬善博の方がなんか好きやなあ。」「フルアコといえばジョージベンソンかエリックゲイルか。」「リトナーとラリカルのセミアコは安定の格好良さ。」

「無理だ!シャーマンの呪文に聞こえる!さだまさしの雨やどりでは、奴らに太刀打ちできない!。猛勉強を開始するぞ!。」ぼくにこう決意させたのがハマとてっちゃんだった。

懐かしい、ああ懐かしい。

最近、奴らとメシを食った。「むかし夢中で聴いてたアーティストがどんどん亡くなっていくのが寂しいな。できる限りライブには行こうと思う。もう会えなくなるから。」とハマが言った。「歳のせいか、最近リズムセクションが少々耳にうるさい。」とてっちゃんが言った。

居酒屋を出て歩き出したらハマが山下達郎のSPARKLEを口ずさんだ。てっちゃんは恋するフォーチュンクッキーをハミングした。

半世紀経っても奴らは奴らのままだった。



いいなと思ったら応援しよう!