47.一旦帰国して態勢を整える
留学先も決まったので本当はこの一時帰国中に留学ビザ申請までできれば良かったのですが、そう簡単に事は運びませんでした。
1ヵ月の滞在期間中、2週間はシチリア女子2人が来ていましたし、どうしても準備できない必要書類があったのです。
イタリア発便にチェンジする
11月初旬、2ヵ月のイタリア滞在を終え日本に戻ってきました。
今ではまったく覚えていないのですが昔の記録を辿っていたら、行くときはアエロフロート、そして戻り便には全日空を利用しデュッセルドルフ経由で帰国しています。
日本とイタリアを同じ航空会社、同じ航路で飛ぶとしても、日本発便とイタリア発便とでは値段が違うことをご存じでしょうか。
2024年現在の円安状況下では日本円換算すると大差なくなっていますが、コロナ前まで日本発便の航空券はイタリア発便のそれと比べて倍近く値段が高くついたのです。
そのため、最初にイタリアに行くときに片道、または往復航空券を購入。
ただし、片道航空券だと到着国の滞在許可証がない場合、日本の航空会社のカウンターで搭乗拒否されるかもしれません。
それを避けるには往復航空券を買って片道分はキャンセルです。
そして、次に日本に戻るときは今度はイタリア発の往復航空券を買います。
これで以降はずっとイタリア発の安い航空券で日本へ帰れることになるのです。
自分でもどのタイミングでイタリア発便にチェンジしたのか憶えていませんでしたが、わりと早い時期に済ませていたようです。
これまでの間でもっとも安かったのはターキッシュエアラインズで往復600ユーロ、当時の換算レートだと80,000円ほどした。
全日空でも往復700~800ユーロだったので今よりだいぶ気軽に日本へ一時帰国できています。
居住証明書に判は押せない
最初にアラフォーでタオルミーナへ半年の語学留学をしたとき、この書類が必要だったかどうか今となっては調べる手段がありません。
ただ、今回の留学で必須だったにも関わらず、準備するのがなかなか難しいものがありました。
それは居住証明書です。
当時の私はローマの大家さんの家で、いわば間借り人として暮らしていました。
そのため家主として大家さんが、たしかに私がそこへ住んでいる、と書かれた書類にサインをして提出する必要があったのです。
イタリア大使館のホームページからダウンロードできるA4で1枚の用紙で、その一番下に直筆でサインするだけになっています。
実はローマにいる間に、すでにそれが分かっていたので大家さんにお願いしました。
しかし、彼はそれを拒否したのです。
その書類にサインをしたら、仮に私が行方をくらまし不法滞在者になったとき、彼にもその責任を問われる可能性があるというのです。
たしかにそうなのですけど、さすがにそんなことをするつもりは全くありません。
ただ、その時の私は大家さんからそうした信頼まで勝ち取ることができていなかった、というだけのことです。
どうしたものかと思いつつ、その件に関してはほかに方法を探ることにしてローマに荷物を置いたまま一時帰国したのでした。
シチリア女子が東京に来る
私が日本に帰国した翌日、タオルミーナでトモコさんから紹介されたシチリア女子2人が東京に到着しました。
ここから2週間、毎日ではないものの、絶えず気にかけていなくてはいけない存在がありながらの一時帰国です。
港区海岸のマンションはシェアハウスとして貸し出していたので、私は東京の下町にある両親宅へ身を寄せていました。
そこでこの時の案内では下町のおでん屋や立ち食い寿司屋へ連れて行ったり、友人宅でホームパーティーをしたり、イタリア語の分かる他の人たちを交えて飲み会をするなど、得難い体験をさせてあげることができたと思います。
もともと日本旅行を予定していたほうは、1週間ほどで東京から別の場所へ移動しました。
あとから決めたほうはそのまま東京に残っています。
一緒にいる時間も長くなったし、わりと色々な話をしたのですが、その時の私はローマの家から引っ越すことも視野に入れていたのでその相談もしてみました。
すると、彼女は意外な事実を私に告げたのです。