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絶望の30歳


雨音が、窓ガラスを叩くように響いていた。30歳の誕生日を迎えたばかりの健太は、薄暗いワンルームマンションで、ひとり、冷めたコーヒーを口にしていた。 「これが…俺の人生か」 虚無感が、彼の心を蝕んでいた。大学卒業後、意気揚揚と入社した広告代理店は、過酷な競争社会だった。寝る間も惜しんで働いたが、評価されるのはいつも同期入社のエリートばかり。上司からは叱責され、後輩からは軽んじられ、存在意義を見失っていた。 恋人もいない。何度か女性と付き合ったこともあったが、いずれも長続きしなかった。仕事ばかりで、相手に十分な時間を割いてあげられなかったのも原因の一つだろう。だが、心のどこかで、「どうせ俺なんて…」という諦めにも似た感情が芽生えていた。 30歳。周りの友人たちは、結婚したり、昇進したり、着実に人生の階段を上っているように見えた。SNSを開けば、幸せそうな家族写真や、華やかなパーティーの様子が目に飛び込んでくる。焦燥感と劣等感が、健太の心を締め付けた。 「もう、終わりだ…」 彼は、深い絶望の淵に沈み込んでいた。仕事も、恋愛も、何もかも上手くいかない。この先、どう生きていけばいいのか、全く見当もつかなかった。 そんな時、彼の目に留まったのは、部屋の隅に置かれたギターだった。大学時代に熱中していたギター。社会人になってからは、忙しさにかまけて、すっかり触っていなかった。 健太は、ギターを手に取り、弦を鳴らした。ぎこちない指使いで、昔よく弾いていた曲を奏でる。すると、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。 音楽は、彼の心を癒し、新たな希望を与えてくれた。彼は、もう一度、ギターを弾くことを決意する。仕事帰りに、ギター教室に通い始めた。最初は戸惑ったが、講師の丁寧な指導と、同じ目標を持つ仲間との交流の中で、徐々に自信を取り戻していく。 ギターを通して、彼は新たな夢を見つけた。いつか、自分の作った曲をたくさんの人に聴いてもらいたい。その夢を叶えるために、彼は、仕事にも、恋愛にも、前向きに取り組むようになった。 30歳の誕生日。それは、彼にとって、絶望のどん底から這い上がるための、新たなスタート地点となったのだ。雨は、いつの間にか止み、窓の外には、青空が広がっていた。

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