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液体だけで生きる人間


水色の影 2045年、世界は深刻な食糧危機に瀕していた。異常気象による農作物の不作、人口増加による食料需要の増大。人類は、かつてない飢餓の脅威にさらされていた。 そんな中、一人の科学者、Dr.水原が画期的な発明を世に送り出した。「リキッドライフ」と呼ばれる、完全栄養食の液体だった。ビタミン、ミネラル、タンパク質、炭水化物など、人間の生命維持に必要なあらゆる栄養素が、この青い液体に凝縮されていた。 当初、リキッドライフは、飢餓に苦しむ人々にとって救世主となった。しかし、次第にその手軽さ、効率性から、裕福層の間でも流行し始めた。固形物を食べる必要がなくなり、食事にかける時間や手間が大幅に削減されたのだ。 主人公のカナは、リキッドライフを愛飲する若者の一人だった。彼女は、忙しい毎日の中で、リキッドライフがあれば、食事の準備や後片付けに時間を奪われることなく、仕事や趣味に集中できた。 しかし、ある日、カナは奇妙な体験をする。友人とレストランで食事をしている時、彼女は食欲を感じることができなかった。目の前に並べられた、色とりどりの料理を見ても、全く心が動かない。口にしても、味がしない。まるで、砂を噛んでいるようだった。 「どうしたの、カナ?顔色が悪いよ。」 友人の言葉に、カナは我に返った。彼女は、自分がリキッドライフ以外を受け付けなくなっていることに気づいた。 「私、もしかしたら、もう普通の食事はできないのかも…。」 カナは、恐怖に駆られた。彼女は、Dr.水原の元を訪ね、助けを求めた。 Dr.水原は、カナの症状を聞いて、静かに言った。 「君は、『水色の影』になりかけているんだ。」 水色の影。それは、リキッドライフのみに依存し、固形物を摂取できなくなった人々のことを指す言葉だった。彼らは、味覚を失い、感情も希薄になっていくと言われている。 「どうすれば、元に戻れるんですか…?」 カナの問いに、Dr.水原は答えた。 「わからない。リキッドライフは、まだ新しい発明だ。その長期的な影響は、誰にもわからない。」 カナは絶望した。彼女は、便利さと引き換えに、大切な何かを失ってしまったのだ。 「でも、諦めないで。君は、まだ水色の影に飲み込まれていない。自分の力で、そこから抜け出せるはずだ。」 Dr.水原の言葉に、カナはわずかな希望を見出した。彼女は、リキッドライフを断ち、少しずつ固形物を食べることから始めた。それは、苦痛を伴う道のりだった。しかし、カナは諦めなかった。 そして、ついに、カナは一口のパンを味わうことができた。それは、かつて感じたことのない、感動的な味だった。 カナは、水色の影から抜け出し、再び人間らしい生活を取り戻した。そして、彼女は、多くの人々に、リキッドライフの危険性を訴え始めた。 「便利さだけを求めてはいけない。私たちは、人間らしさを失ってはいけないんだ。」 カナの言葉は、多くの人々の心に響いた。そして、世界は、ゆっくりと、だが確実に、変化し始めた。

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