謎の発光体
不思議な光を目撃したという人は大勢いる。
じつは僕も、そのうちの一人だ。
それを見たのは、もう十年以上も前のことだ。
漁港での撮影が終わり、僕はロケバスに戻った。
窓際の席に座り、ぼんやりと外を眺めながら、ロケバスの出発を待つ。
ひっきりなしに鳴るドアの開閉音が、共演者やスタッフがつぎつぎと乗車してきていることを報せていた。
当時、ローカルのロケ番組をやっており、隔週ペースで東北地方を訪れていたのだった。
つぎのロケ場所でも、面白キャラの人と出会えるといいのだが。
そんなことを考えながら、コンクリートの地面から、空へと視線を移していく。
空は雲に覆われていて、地面と同じような色をしていた。
突然、僕は目を見ひらいた。
灰色の空に現れた、光の球体が見えたからだった。
「UFOだ!」
無意識に、僕は大声で叫んでいた。
「え?」
「何?」
「どこ?」
戸惑いの声があちこちから上がり、後輩芸人の一人が僕のそばに駆け寄ってきた。
「どこっすか?」
「あそこだよ! ほら」
僕は光の方向を指さした。
「……いや、見えないっす」
そんなはずはない。確かに球体の光は浮かんでいる。
「いるじゃん、あそこ!」
僕は少し苛立っていた。
この手の不思議な物体を目撃したのは初めてだが、ずっと同じ位置にとどまっているものではないことくらいは知っている。
僕は急いで窓をスライドさせ、通路に立つ後輩を振り返った。
「えー……?」
まだ認識できていないらしく、後輩は難しい顔で空を睨んでいる。
「なんで見えないんだよ!」
言いながら、ふたたび窓外に視線を伸ばす。
光は消えていた。
小さくなったわけではなく、残像さえ残さずに消えているのだった。
このままでは自分の発言が疑われてしまう――などとは微塵も思わず、僕の気持ちはいっそう高ぶっていた。
テレビなどで目にするUFOも、突然消えていたではないか。
つまりあれは、紛れもなくUFOだったのだ。
「消えた!」
僕は思わず叫んでいた。
ふたたびバス内にざわめきが生まれたものの、それぞれが着席していることに気がついた。
女性のメイクさんたちも外を気にしてはいるが、その視線にさっきほどの熱は見受けられない。
どうやら僕が、出発の時間を遅らせているみたいだった。
仕方なく、僕は窓を閉めた。そのとき――。
「!」
ふたたびあの光が現れた。
「うわ! また出た!」
「マジっすか!」
後輩はまた立ち上がって僕のそばまでくると、僕の視線と同じになるように腰を屈めた。
「ほら! あそこ!」
何とかこの後輩だけには見てもらおうと、僕はふたたび窓を滑らせた。
光は忽然と消えてしまった。
それと同時に、胸に冷たいものが広がった。
窓を開けたとたん、光は消えた。
さっきもそうだった。
そしていま、気づいてしまった。
消えたのは、光だけではないことに。
窓に映っていた後輩の姿も、いっしょに消えたのだ。
そんな……。 だったら、あの光は――?
僕は恐る恐る窓を閉めた。
やはり光が現れ、難しい顔をして外を見る後輩の姿も戻った。
僕はゆっくりと、背後を振り仰ぐ。
やがて視界の真ん中に、覚悟していたものが映った。
ロケバスの室内灯だ。
窓が閉まっているときにだけ出現し、窓を開ければ消える。
僕にしか見えなかったのは、たんに角度の問題だったわけだ。
未確認でも飛行物体でもない。
確認済みの固定物体だったのだ。
「全然見えないんですけど」
後輩はまだ光を捜している。
「ほんとに見えたんだけどなあ」
腑に落ちないが、出発を遅らせないためにおしまいにしよう、という口調で僕は応えた。
恥ずかしい思いをしないために、咄嗟に真実を葬ったのだ。
後輩は、消化不良だと言わんばかりの表情を浮かべながらも着席し、バスは動き出した。
車体は大きく向きを変えたというのに、窓にはなお、球体の光が浮かんでいる。
「ドライバーさん、電気消してもらえますか」
と言いかけたが、急遽やめた。
その言葉によって、「UFO=室内灯」の真実に、誰かが勘づいてしまう危険性があるからだ。
もう後戻りはできないな、と僕は思った。
からくりに気づいた時点で告白していれば、勘違いで騒いでしまったお馬鹿さんで済んだことだろう。
しかしもう遅い。
いちどとぼけてしまってから白状すれば、己の自尊心を守るために真実を隠蔽したことまでもが露見してしまう。
僕の行動には、すでに卑しさや悪質性が生じてしまっている。
気づけば空を見つめ、室内灯ではない光を捜していた。
もはやすべての嘘を真実に塗り替えるには、本物のUFOの出現に期待するしかなかったのだ。
しかし残念ながら、そんなことは起こらなかった。
不思議な光を目撃したという人は大勢いる。
その全員に、僕は問いたい。
光とあなたのあいだに、ガラスはなかっただろうか?
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