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絶滅を乗り越えた翼:タンチョウと村人が共に歩んだ1世紀

私が暮らす鶴居村は、その名前の通り「鶴が居る村」です。

今でこそ、タンチョウ保護の取り組みのお陰もあり、生息数は1000羽を越えるほど観測されておりますが、約100年前には一度絶滅したと思われていた存在でした。



○そもそも、タンチョウとは?

タンチョウは日本の野鳥の中では最大級で、全長は1m40cm、翼を広げると2m40cmもあります。生息地は北海道東部が中心で、本州などではほとんど見ることができません。日本では7種類のツルが観察されていますが、国内で繁殖するのはタンチョウ1種類です。

巣は湿原のヨシ原の中で、ヨシを直径1mほどの大きさに積み上げて作ります。卵は2個産み、雌雄が交代で温めて約1か月でふ化します。ヒナはふ化するとすぐに歩くことができ、両親と一緒に湿原の中で餌を探しながら育ちます。子別れは翌年の冬が終わる頃です。

大陸ではロシアや中国の東北部にも生息しています。大陸のタンチョウは渡りをし、冬は朝鮮半島や中国南部に移動しますが、現在の日本のタンチョウは渡りをしません。

タンチョウは漢字で「丹頂」と書きます。「丹」は赤い、「頂」はてっぺんという意味で、頭のてっぺんが赤いためこの名前がつきました。頭の赤いところには羽がなく、ニワトリのとさかのようになっています。


○タンチョウ保護の歴史

鶴の居る村ガイドブックより
https://www.vill.tsurui.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/kyoikuiinkai_shakaikyoikuka/shakaikyoikugakari/tancho/tanchoshiritai/2018.html


かつて明治時代中期までは、北海道各地で繁殖し冬は本州まで渡りをしていたタンチョウ。しかし、乱獲と急速な開発によりすみかの湿原を失ったために激減し、一時は絶滅したと思われていました。

それが、約100年前の1924年(大正12年)に、鶴居村(当時の阿寒郡舌辛村)のチルワツナイ川流域:キラコタン岬、で十数羽が再発見されたのです。

その後、1935年(昭和10年)に天然記念物、1952年(昭和27年)には特別天然記念物に指定されました。

1952年の猛吹雪の冬、鶴居村の幌呂小学校付近で、子どもたちが畑にうずくまっているタンチョウを発見。学校で畑に「にお(※1)」を立て、家から持ち寄った穀類をまいたところタンチョウが食べに来るようになった。

このニュースがきっかけとなり、給餌が広まり、冬の餌不足が解消されたタンチョウは、順調に数が回復していきている。(※2)(※3)

※1 トウモロコシを刈り取り円錐型に束ねて立てる保存方法
※2 同じころ阿寒町でもデントコーンの給餌がはじまっていました。
※3 デントコーンの給餌が成功する以前もタンチョの生息数を増やそうと、ドジョウの放流やセリの移植などを試みていたとのことですが、目に見えて生息数が増えることはなかったようです。

数の増加とともに繁殖地の湿原を求めて、春になると鶴居村を離れて根室や十勝地方に移動をするようになりました。今ではオホーツク沿岸や道北のサロベツ原野でも縄張りを構えて子育てをしています。

多くのタンチョウは、秋になると越冬のために給餌場のある鶴居村や阿寒町に戻ってきますが、現在、十勝地方では越冬するタンチョウも数多くいます。再発見から82年後の2006年には、北海道の一斉調査で初めて1000羽を越えました。2012年には道央圏(むかわ町)でも子育てに成功し、今では数つがいが道央圏で繁殖し越冬もしています。

北海道:タンチョウ越冬分布調査
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/tantyou.html


○タンチョウ再発見から100年

2024年は鶴居村ではタンチョウ再発見から100年という節目の年として、いくつかの記念事業が企画されています。


2025年2月8日(土)タンチョウ再発見100年記念フォーラム

タンチョウのシーズン真っ最中の2月8日に記念フォーラムが開催されます。
先人たちの100年にわたる保護活動を改めて記録にとどめ、今現在の取り組や、これから未来に向けて、どうやってタンチョウと共生していくのか?という我々のあり方を探っていこうという内容になっております。

どなたでも無料で参加できますので、これを機会に鶴居村に足を運んでいただければと思ます。


100年の軌跡を巡るツアー

こちら既に開催が終了した事業ですが、100年前に再発見されたチルワツナイ川流域に足を運び、これまでのタンチョウの保護活動などの経緯なども解説しながら村内を巡る1日がかりのツアーを開催した様子です。


○北海道新聞:タンチョウ100年シリーズ

絶滅したと考えられていた国の特別天然記念物タンチョウは、1924年(大正13年)に釧路湿原で再び発見され、ちょうど100年がたった。その生態を写真で紹介する連載<タンチョウ100年>は、1月の冬編に始まり11月の秋編まで計4回にわたった。優雅な姿を追い続けたカメラマンの苦労や秘話を紹介する。https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1101721/

冬:求愛ダンス 道東から広がり

道内の大空を優雅に舞うタンチョウはかつて絶滅したと考えられていた。乱獲や湿地開発で生息地を追われ、明治末期には姿を消し、再び発見されたのは100年前の1924年。舌辛村(現釧路管内鶴居村)で十数羽が確認された。人が容易に踏み入れない釧路湿原の深部で命をつないでいた。保護は進んだ。25年に国が生息地を禁猟区に設定。52年には国の特別天然記念物になる。地元農家らが始めた給餌は続き、生息数は回復した。道東に集中していた生息地は、道北や道央に広がる。再び生息域を広げ始めているタンチョウ。その1年を追う。

春:繁殖地サロベツ 「渡り」見守る

2023年11月上旬。道北のサロベツ原野を、1羽のタンチョウが南に向けて飛び立った。道内では「渡り」をしない留鳥として知られるタンチョウ。だが、専門家は「渡り鳥の習性を取り戻している」と言う。衛星利用測位システム(GPS)を駆使し、タンチョウの「渡り」解明に取り組む調査チームと、道北と道東を行き来するタンチョウの約650キロの「旅路」を追った。
特集ページ https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1004216/

夏:北広島で見守る人たち

北広島市にあるプロ野球北海道日本ハムの本拠地「エスコンフィールド北海道」で7月中旬に行われた花火大会。大輪が夜空を彩るなか、球場から約4キロ離れた水田で2羽のタンチョウが花火の音に動じることなく、たたずんでいた。 千歳市の支笏湖をはじめ、恵庭市、北広島、江別市、空知管内の長沼町と南幌町の計6市町を通り石狩川に合流する千歳川。北海道開発局(開発局)が2020年に洪水対策として整備した6カ所の人工湿地「遊水地」に、タンチョウが定着しつつある。

秋:鶴居村 ツルと酪農家

10月下旬、北海道鶴居村。収穫を終えたデントコーン畑に2羽のタンチョウが舞い降りた。赤く染まった里山に「コー、カッカッ」と響く鳴き声。秋めく朝の静寂を破った。鶴居村は湿原、冬も凍らない川、大規模な給餌場があり、国内最大の越冬地だ。北海道の調査によると、道内の生息個体の約5割に当たる約600羽が毎年、各地で繁殖などを終えて戻ってくる。11月11日、酪農を営む清水武志さん(42)の牧場に1羽の雄が戻ってきた。ここで5年連続、越冬してきた個体だ。今年は雌と子どもを連れて、親子3羽で訪れた。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1086464/


○タンチョウの農業被害は保護の反面でこれからの課題

タンチョウの農業被害の対策について
https://hokkaido.env.go.jp/content/000070375.pdf

保護の成果が実り、生息数が増えてきているのと同時に、タンチョウによる酪農・農業被害というのも問題になってきている。

年間数百万を越える被害額が出ているという農家さんもいるということで、エゾシカによる被害ほどではないものの、エゾシカは狩猟が認められていることもあり対策の打ち要はあるが(実際は手のつけられない繁殖に困っているが)、タンチョウは特別天然記念物ということもあり、このあたりが人間の手でコントロールできる範囲ではないのも課題となっていくだろう。

環境省の方針としては、タンチョウの分散をさせる方向で動いており、実際に生息する地域もどんどん広域化している。給餌のときに与える餌の量も、年々タンチョウの自立を促すために減少するように努め、現在では10年前に比べると給餌の量は半分になっている。

これからのタンチョウとの共生するまちづくりをどうしていくか?
推進会議も実際に開催されており、先進地域としての取り組みが注目されるのは間違いない。


○タンチョウと観光

鶴居村は、冬の給餌活動時期は100%タンチョウが見れる、撮影できるということで世界中から観光客がやってきます。

ですが、タンチョウを見る・撮るだけでは鶴居村にはお金が一切落ちません。

宿泊しながら中・長期の滞在をしてもらえるのは嬉しい話ですが、実際は観光バスツアーで来る観光客などの多くは、1円もお金を使うことなく、鶴居村を後にするという状況も多いのです。

これは鶴居村で長年課題として認識されている話のようですが、なかなか解決する案というのが実行されていないのが現状なので、このあたりをどう解決していくかということにも、今後は積極的に取り組んでいこうと思っています。


まずはわかりやすく、日帰り観光客ではなく、宿泊・滞在してもらう観光客を増やすのがすぐに出来る取り組みのひとつです。

もし鶴居村にいらっしゃる際は、弊社のサウナ付き貸別荘をご利用ください!予約時にご連絡いただければ、私自ら、ご案内いたします!笑

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