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乃木坂46の楽曲を一日一曲語る。24日目『渋谷ブルース』

_______【この記事の構成】_______
▼今日のこばなし

本題の伏線になる時とならない時がある雑談

▼『○○』の基本データ
作編曲、歌唱メンバー、MV等の情報

▼『○○』を語る
愛と飛躍に溢れた考察

▼おわりに
総括とキメ台詞



▼今日のこばなし

「ストック」

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「乃木坂46の楽曲を一日一曲語る」は現状、書いた日に公開している。
つまり、ストックが存在しない。

その報いが、想定外の『TVチャンピオン』を見ていたせいで記事が書けていないという昨日の大失態である。

1日に記事を2つ書くのは正直きついが、このような失態を繰り返さないためにはストックづくりが急務である。

いたがきブログ、動きます。



▼『渋谷ブルース』の基本データ

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▼収録 / 発売日
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4thシングル『制服のマネキン』通常版 /2012年12月19日

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▼作詞 / 作曲 / 編曲
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秋元康 / 佐藤嘉風

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▼歌唱メンバー
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白石麻衣、高山一実

ユニット名は『WHITE HIGH』。二人の名前の頭文字「白」と「高」を英語にして合わせたもの。

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▼MV(ミュージックビデオ)
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この曲のMVは制作されていない。


▼『渋谷ブルース』を語る

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・誰がブルースを歌うのか

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渋谷で歌うブルース

この曲はただその一言に尽きる。

「ブルース」とは、孤独感や悲しみを表現する独唱歌であり、悲しみや孤独の感情は、英語ではしばしば「ブルー(blue)」の色でたとえられることに由来している。

-Wikipediaより引用

最初のブルースの歌い手は、アフリカ系アメリカ人であった。

では、渋谷でブルースを歌うのは誰か。
それはモラトリアムの真っ只中を生きる少女たちである。


・モラトリアム人間

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モラトリアムとは、ひとことで言えば猶予期間だ。

青年期は生き方を模索し、大人への準備をするために、社会的な役割や義務を猶予されている期間であるという意味で精神分析学者のエリクソン((※1))が提唱したものである。

『渋谷ブルース』は、このモラトリアムが順風満帆とは程遠いものであることを歌っている。

誰のために生きているのだろう?
自分のことさえわからなくなった
大人が敷いたレールの上を
ただ黙って行けばいいのか?

- 出典:『渋谷ブルース』/ 作詞:秋元康 作曲:佐藤嘉風
誰のために学校行くのだろう?
やりたいことなんか見つかってないのに・・・
自由に動けない制服なんか
どこかのロッカーに預けたい

- 出典:『渋谷ブルース』/ 作詞:秋元康 作曲:佐藤嘉風


これらの歌詞はまさに、小此木啓吾((※2))の言うモラトリアム人間そのものである。↓

モラトリアム期間のなかで青年が、既存の社会に関心を持たず、真剣に自己を見つめて探求することなく、ただ自由で心地よい状況にいつづけることがある。精神科医の小此木啓吾は、このような青年のことをモラトリアム人間と規定した。青年期が誕生する近代以前は、人は生まれながらに何になるのかが決められていたが、現在のように「何にでもなれる」社会では、逆に何になったらよいのか分からなくなる。これも、自分がどのように生きたいのか分からなくなり、モラトリアム状態に安住する原因の一つといえる。

出典:松本洋介『テオーリア 最新倫理資料集 三訂版』(第一学習社、2016年)

親とは分かりあえず、学校に行く意味も見いだせない。自分がどう生きたら良いのか分からない少女たちは、渋谷に自由(猶予)を求めるのである。


・渋谷の猶予性とカルマ

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渋谷 渋谷 渋谷だけが
どんな嘘でも本音も曝け出せるよ
明日も 明日も 明日もきっと
私はここにいるだろう

- 出典:『渋谷ブルース』/ 作詞:秋元康 作曲:佐藤嘉風

ではなぜ、少女たちは渋谷に集まるのだろうか。

言い換えれば、
渋谷という街のただならぬ猶予性業の深さとでも言うべきものは、何故、如何にして醸成されたのだろうか。

この問いはおそらく、今の筆者の知見では語り得ない複合的な考察を要する。故に筆者は、これについて安易な結論を控える。

ただしそれでは職務放棄もいいとこなので、どうやら関係ありそうな事柄と、関連する書籍を列挙する。

・地理的、地形的な特性

・都市と人間の社会的、文化的な連関

・吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー』

・北田暁大『広告都市・東京』

・三浦展、藤村龍至、南後由和『商業空間は何の夢を見たか』

・アンリ・ルフェーヴル『空間の生産』

また、以下の書籍ではアイドルと渋谷の関係についての言及がある。(筆者は前に本書を読んで感銘を受けたが、肝心の内容を失念してしまった。お恥ずかしい。)

・塚田修一、松田聡平『アイドル論の教科書』


現時点で確かに言えるのは、「渋谷」は単なる若者の街ではないということだ。あれはブラックホールだと思う。先ほど列挙した書籍を読み込んだ上で、「渋谷の猶予性とカルマ」についてまとめたいと考えている。シバシマタレヨ


▼おわりに

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かく言う筆者も、「大人が敷いたレール」なんてゴメンだ!と思っていた中の一人である。

そんな中でセカオワと乃木坂に出会えたことが、筆者にとって救いだった。

もしあなたがモラトリアムの真ん中で苦悩しているのなら、『渋谷ブルース』の少女に共感した後でセカオワの『LOVE SONG』に心震わせることをオススメする。


では、また明日 stay tuned!


((脚注))

※1)エリク・ホーンブルガー・エリクソン(英語: Erik Homburger Erikson, 1902年6月15日 - 1994年5月12日)は、アメリカ合衆国の発達心理学者で、精神分析家。「アイデンティティ」の概念、エリクソンの心理社会的発達理論を提唱し、米国で最も影響力のあった精神分析家の一人とされる。-Wikipediaより引用

※2)小此木 啓吾(おこのぎ けいご、1930年1月31日 - 2003年9月21日)は、日本の医学者、精神科医、精神分析家。医学博士。慶應義塾大学環境情報学部教授、東京国際大学教授を歴任。-Wikipediaより引用




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