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真夜中のいちごパフェ【第三話】



「こんばんは、ご無沙汰してしまって」

「こんばんは、いらっしゃいませ。お元気でしたか?」

「はい、えいじさんもお元気そうで」

「おかげさまで、お酒でよろしいですか?」

「はい、お任せします」

「かしこまりました」

「夫婦ってずっと、どちらかの片思いなんですかね?」

「どうしました?奥様と、何かありましたか?」

「いいえ、そうではないんですがね、わたし今、妻に片思いしてるんですよ」

「奥様に」

「実は先日、妻が倒れてまして入院生活をしているんです。妻に会いに病院ヘ通う毎日です」

「そうでしたか」

「鬱陶しい日があったり無性に愛おしくて早く帰りたい日があったり、そんな日に限って相手はそっけなかたりして。少し前のいつもの日常を思い出すんです。

お互いの気持ちがふわっと交わって同じところにいる時って、そう多くはないのかもしれないですね。だからこそ、愛おしく思うし夫婦になっても振り向いて欲しいと願うのかもしれません」

「夫婦だからこそかもしれませんね」

「はい。目を覚まさない妻の隣で思うのですよ。35年間、妻は私に片想いをしてくれていたんじゃないかって。毎日使うハンカチにアイロンがかけてあって、ワイシャツはクリーニングに出されて。毎日変わらないお弁当箱に収まった小さなおむすび、私あての郵便物を受け取り、妻は休むことなく私を支えてくれていたんだって」

「奥様の優しい日常が伝わってきます。夫婦ってお互いに相手の幸せを祈っている気がします。喜ぶ顔が見たかったり、ちょっと怒らせてみたくなたり」

「そうです、そうです。怒るどころか軽くあしらわれちゃったりして」

「わかります、妻の方がうわてだったりして」

「そうなんですよね。そんな妻は、もう目を覚まさないかもしれません。今は私の片思いです。

毎日、病院におむすびを作っていくんです。妻は食べれないのですがね、妻の横で私の朝ごはん用に。うまくいきませんね、妻の小さな手で握られたおむすびは、ふわふわと柔らかくて不思議と崩れなかったんですけど、私のは、ぼろぼろと崩れちゃうんです。

私は妻に"ありがとう"と伝えられていたのかなって思うんですよ。

病院から家に帰ると誰もいない真っ暗な家が毎日、私の帰りを待っていて。

帰ったら1人リビングに倒れ込みたいなと思う日があったり、ベランダに出て1人缶ビールをプシュッとあけたいなぁと思ったりした時間は、妻が居たからだったんだと今ならわかるんです。私のわがままな願いだったと」

「わかります、わかります。私も時々コンビニで1人缶ビールやるんですよ」

「そうでしたか、なかなか贅沢な時間ですよね。帰りを待ってくれている人がいると分かっていながらの寄り道は」

「はい、それはもう」

「妻は気づいていたのかもしれません。そういう日は決まって家中丸ごと眠っていたんですよ。しっかりと私の1人の時間が確保されていて。

以前、妻が帰ってこない日があったんです。友人と食事に行くといったまま、どう考えても遅くて。なんとなく胸騒ぎがして探しに出たんです。

もう人が歩く気配すら感じない静まり帰った夜道を駅まで夢中で走って。駅について、ようやく携帯電話を忘れたことに気が付きましてね。

帰ろうか、どうしようか。何かこう心細くなってしまって、目の前に見えてたファミレスの明かりまで歩いたんです。

そしたらね、いたんですよ妻が。ファミレスで1人真夜中にいちごパフェ食べてたんです。それはもう美味しそうに。ブワッと頬にあったかいものが垂れてきて、安心したんですね。

妻の姿にもですけどね、妻にも帰りたくない日があったのかな?と1人余韻に浸りたい日があるんだなぁと思ったら、自分の時間を見つけて過ごしている姿が妙に愛おしくなってしまって」

「奥様、1人で食べる真夜中のいちごパフェは格別ですね」

「パフェに嫉妬するほど目を輝かせてましたよ。言わなきゃわからないことが多い中、言わなくてもなんとなくわかる空気だったり、ぶつからないようあえてすれ違う時間を作ったり。妻が妻でよかったって思えた瞬間でした」

「それでどうされたんです?ファミレスの奥様」

「妻の帰りまでに布団に入ろうと、それはもう急いで帰りました。きっと妻はあの時間を過ごしてみたいんじゃないかって思ったんです、家中が眠っている時間を」

「いい時間ですね」

「いろんなことが押し寄せてくるんです。目を覚ましたら伝えたいことがいっぱいです。本人に言ったら怒られそうですけど、結婚生活35年の中で、今いちばん妻を愛おしく思うんです。あぁぁ、すみません。私ばかり喋ってしまいました」

「いえ、私お二人のお話し大好きなんです。私も妻に会いたくなります。こちらどうぞ、ファミレスのいちごパフェには及びませんが」

「うわぁ、作ってくださったんですか?」

「当店自慢の食パンで作ってみました。なかなかの出来栄えになりました」

足のついた華奢なグラスに大きくカットされた食パンと、レントゲンで透かされたような綺麗にカットされたいちごが生クリームの中を泳ぐように潜り混んでいる。

ファミレスの妻を思い出していた、あの笑顔をもう1度見たい。

「なんと言ったらいいか、ありがとうございます。いただきます」

「ほんの心ばかりです、ごゆっくり」

「次回は、いっしょに」

「ぜひ、ごいっしょに」

「はい、かならず」

明日はいちごを持って会いに行こう。

22.03.18  いたちょこ

【連載】"いつものところで"第一話はこちら

"いつものところで" 第四話はこちら


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