雨とJK
僕は普段、自転車で通勤している。駅までの距離や道路事情を考えると自転車で通うのが一番早いからだ。
しかし雨が降った日は、やむを得ず電車とバスを乗り継いで通勤する。
先日この記事でも書いたように、ただでさえ仕事の日の朝はやる気が無いのに、雨が降っている朝なんてテンションはどん底もいいところである。合羽を着て雨に打たれながら自転車を漕ぐガッツなどあるわけも無い。
残念ながら職場の最寄駅から職場までは歩くにはかなり距離があるので、電車のみならずバスにも乗る必要がある。自転車ならば出発する時間も走るペースも自分で調整できるのだが、バスは往々にして渋滞に巻き込まれ、思うように進まない。そもそも雨の日は電車のダイヤに合わせて家を出ているというのに、バスのせいで時間がさらに制限されるのは結構なストレスだ。
しかしそれでも合羽を着て自転車を漕ぐよりはマシなのである。ああ、雨って面倒くさい。
雨の日の朝、電車を降りて始発のバス停に着くと、必ず高校生の集団と鉢合わせる。バスの沿線には複数の高校があり、どうやら通学の時間帯と重なっているらしい。僕が乗るバスの利用者はもはや7割以上が高校生なので、高校生の集団の後ろに並んでバスを待つことになる。
雨のせいで気力を削がれているから、せめてバスの中では座りたいと思う。
しかしバスが到着して扉が開くと、一人掛けの座席は真っ先に埋まってしまう。高校生の集団に押されて乗りこんだ頃には、席が空いていたとしても二人掛けの座席しか残っていない。
二人掛けの座席に座るときは、隣に誰が座っているのかがとても重要だ。身体の横幅が大きい人が座るとキツいとかそういうことではない。その人がどこのバス停で降りるかが肝心なのである。
ようやく座席に腰を落ち着けたのだから、せめて職場の最寄りのバス停に着くまでは目を閉じて休みたい。
しかしもし僕が二人掛けの座席の窓際(奥側)に座った場合、降りるときは「すみません、降ります」と声をかけて通路側に座った人にどいてもらわなければならない。
逆に僕が通路側に座ったとき、窓際に座った人が僕よりも手前のバス停で降りる場合は、僕は一度座席を立たなければならない。
ベストな形は、僕が通路側に座り、窓際に座る人よりも先に降りてしまうことである。
僕はだいたい高校生の隣に座ることになるのだが、相手がどこで降りるのかがとにかく気になる。いっそのこと『私は◯◯停留所で降ります』という札を身につけてバスに乗るルールを作ってくれれば、自ずとどちらが窓際に座るべきかわかるのになあ、とさえ思う。
そんな面倒くさいことを考えるなら早くバス停に着いて一人掛けの座席を取ればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、電車のダイヤとの兼ね合いもあり、高校生の集団より先にバス停に並ぶためには相当早く家を出なければならない。それは難しい。
そんなこんなで雨の日にバスに乗っているうちに、気付いたことがあった。
僕が降りるよりも手前のバス停で降りていく高校生は、どうやらA女子高校の生徒だけらしい。沿線にはいくつか高校があるが、僕の職場よりも手前にある高校はA女子高校だけなのである。
と、いうことは。
もし二人掛けの座席の窓際に高校生が座っていたとしても、それがA女子高校の生徒でさえなければいいのだ。その他の高校の生徒は僕より後に降りるわけだから、僕は途中で座席を立たずに済む。
そのことに気付いて、僕はA女子高校の制服を覚えることにした。
ブレザーに、ストライプの入った紺色のスカート。相手がその制服を着ている女子生徒でなければいいのだ。よし、覚えたぞ。
雨の日に女子高生の制服を気にする三十過ぎのおっさんはヤバいんじゃないかと思われるかもしれないが、断じて変な性癖はない。僕は少しでも朝の体力を温存したいだけなのでご理解いただきたい。
先日、久しぶりに朝から雨が降っていた。
やはりテンションはどん底で、僕は気力も体力もすり減らしてようやく始発のバス停にたどり着いた。高校生の集団が先に並んでいるのはいつもどおりである。
バスがやってきて、扉が開いた。先に並んでいた人たちが続々と乗り込んでいく。一人掛けの座席はあっという間に埋まり、僕が乗った頃には窓際に女子高生の座っている二人掛けの座席の通路側が一席だけ空いていた。
ちらっとその女子高生の制服を見た。白いベストにチェックのスカートだ。よかった。A女子高校の制服ではない。僕はその女子高生の隣に座った。よっしゃ、これで職場の最寄りのバス停まで安心して眠れるぞ。
外は雨が降り続いている。僕が目を閉じると、ぷしゅーーっという音と共に扉が閉まり、バスは出発した。頭の中を空っぽにして、ゆっくりと呼吸を整えていく。束の間の安息だ。
……その後しばらくして、意識が遠のきかけた頃だった。
隣から声が聞こえた。
「降りまーす。すみませーん。」
不意を突かれ、慌てて席を立って通路を譲った。なんと、窓際に座った女子高生が僕より先に、A女子高校の最寄りのバス停で降りていったのだ。
おかしい。あれはたしかにA女子高校の制服ではないはず……。
あ、そうか……。
季節はもう6月である。
僕が覚えた制服はきっと冬服だ。
すでに制服は、夏服に切り替わっているのだろう。
やられたぜ、と思った。
女子高生が降りて、僕は窓側の席に座り直すしかなかった。すると今度は通路側に、スーツ姿の男性が座ってきた。
もうすぐ、僕の降りるバス停に着いてしまう。今度は僕が「すみません降ります」と声をかけなければいけない。
そんな僕を嘲笑うかのように、バスの窓には大粒の雨が打ちつけていた。