1991年生まれの僕と同い年のアルバムの話④IN THE LIFE/B'z
時に、人が好きなものに注いだ愛は、ほかの誰かへ伝染することがある。
中学1年生のある朝、友人のKが興奮した様子で僕の席に飛んできた。
「これ、昨日話したやつ。」
とにかくすごいんだ、CDを貸すから聴いてくれとKが僕に熱弁していたのは昨日の帰り道のことだ。その翌朝、Kは早速僕に2枚のCDアルバムを手渡した。
それはB'z The Best PleasureとTreasureーー通称「金盤」「銀盤」とも呼ばれるB'zのベストアルバムだった。
Kは小学校の高学年くらいから音楽にハマっていて、その中でも特にB'zへの熱量は凄まじいものがあった。
一方の僕は、お気に入りのアーティストなどは特におらず、CDを自分から聴くこともほとんどなかった。音楽に能動的に触れているKは、なんとなく僕より大人に見えてうらやましかった。
「ありがとう、帰ったら聴いてみるよ」
僕は2枚のアルバムを受け取って、Kの押しの強さに少し気後れしていた。曲数はアルバム2枚で30曲くらいある。全部聴き切れるだろうか。
家に帰り、父親以外はほとんど使うことのないCDプレイヤーのトレーを開けた。
金盤と銀盤か。じゃあまずは金のPleasureから聴こうか。CDがプレイヤーの中に吸い込まれていく。一瞬の静寂。
スピーカーから流れてきたのは、重厚なストリングスの合奏だった。まるでクラシックみたいだ。
イントロ、長い。なかなか歌が始まらない。
やがてスピーカーから軽やかなピアノの音色が流れたかと思うと、ズドーンとギターやベースの音が重なった。そして四つ打ちのビート。曲調が徐々に激しくなっていく。
英語の語り。何を言っているのかはわからないが、最後の一言だけ聴き取れた。
ラブ・ファントム。
稲葉浩志の歌声が流れた瞬間、脳天に雷が直撃したような衝撃を受けた。
全身の毛穴が開いて武者震いした。心臓の鼓動が一気に加速して、この曲のテンポよりも早く脈打っている。
かっこいい。かっこよすぎる。僕の13年間の人生でとびきりにかっこいいと思ったものたちーー忍者戦隊カクレンジャーとファイナルファンタジーⅦのクラウドと日本ハムの小笠原道大を足してもこのかっこよさには及ばない。
今まで音楽というものを意識して聴いたことすらなかった。だけど僕は本能的にこの出会いを求めていたのだ。そう確信した。
2枚のアルバムを一気に聴き終わった次の日、学校に着くなり今度は僕がKの席に飛んで行った。
「B'zやばいな、まじでかっこよかった。」
Kはしてやったりといった様子で、にやりと笑った。
「でしょ??やばいっしょ??」
これが僕のB'zとの出会いだった。
それから僕は宝物を発掘しに行くように、近所の中古ショップを巡ってはB'zのCDを探した。当時すでにデビューから15年以上のキャリアがあったB'zには、アルバムだけでも20作以上の作品があった。僕はお小遣いをもらうたびに、500円くらいで売られていたB'zのCDを1枚ずつ買っていった。
1枚のCDを聴き終わると、B'zの別の曲をもっと聴きたくなった。CDを買うたびに、この円盤の中に未だ聴いたことのない音楽が詰まっているんだと、CDを抱えて心を躍らせながら帰った。
後日Kから借りたライブDVDを見て更に心を掴まれた。稲葉浩志がステージを縦横無尽に走り回りながら歌う。松本孝弘は艶やかなギターの音色を響かせる。スタジアムをどでかい音で駆り立て、何万人の観衆がまるで麦畑のように一斉に揺れる。
その映像を見た時の、僕の心の中の今まで使われていなかった部屋の鍵が開いて、一気に光が差し込んでくる感覚を今でも覚えている。勉強や部活動をどれだけやっても味わえない胸の高鳴りを、僕ははっきりと感じたのだ。
そんなふうにB'zに夢中になっている真っ只中に、僕が生まれた1991年発売のアルバムに出会った。
IN THE LIFE/B'z
『生活』の名が題されたこのアルバムには『LOVE PHANTOM』のような派手な曲は収録されていないが、松本孝弘が「J-POPのようなものをやりたかった」と話したように、90年代初頭の雰囲気が色濃く反映されたポップスが詰まっている。
特に1曲目『Wonderful Opportunity』は思い出深い曲だ。
イントロからリバーブのかかったドラムとシンセブラスの陽気なリフに懐かしさを感じる。当時最新作だった『BIG MACHINE』の音と比べると稲葉さんの声も松本さんのギターの音も微妙に違っていて、直感的に「これはちょっと昔の音楽だな」と感じた。僕は当時たったの13歳だったけれど、13年という年月にはそれ相応の重さがあるんだと思った。
『Wonderful Opportunity』の歌詞には、悩みを抱えて落ち込んだ主人公が気持ちを切り替えて前向きに生きていく様子が綴られている。
一番印象的な部分はサビの歌詞のフレーズだろう。
なんともド直球にポジティブな言葉だ。とくに『シンパイナイ モンダイナイ〜』と韻を踏むフレーズは一度聴くと耳から離れない。
13歳の頃、僕は僕なりに色んな悩みを抱えていた。勢いで入部してしまった部活動が辛すぎて(結果的に1年で辞めることになるのだが)、馬の合わない先輩や鬼のような顧問の顔を見るのも嫌だった。
さらに自分のクラスは学級崩壊とも呼べるレベルで荒れていて、いわゆるDQNがのさばっている教室は居心地が悪かった。教師はそのDQNたちを制圧するのに必死で、授業はもちろん学校行事でもワクワクした記憶がない。
そんな日々の中で友達が声をかけてくれたこと、そしてB'zの音楽が僕を救ってくれた。学校に行くのが憂鬱な朝に、『シンパイナイモンダイナイ』と心の中で唱えると不思議と気持ちが楽になった。
『逃がさないで逃げないで』というフレーズは辛かったら逃げてもいいよ、と言われる今の時代にはそぐわないかもしれないが、しんどい日々に立ち向かう勇気をくれた。
この曲のあからさまなほどポジティブな、わかりやすい言葉に、僕はこれまでの人生で何回励まされたことだろう。
そう、平たく言ってしまえばB'zの音楽はわかりやすいのだ。圧倒的なCDセールスがそれを物語っている。通算のCD売り上げ枚数は8300万枚、50作連続オリコン1位、13作連続ミリオンヒットなど、売り上げに関する記録を挙げていくとキリがない。
しかしこの大衆性のせいであろうか、これまでB'zは音楽的な批評の対象になることが極めて少なかったと思う。
様々なメディアが「日本のロック名盤◯◯選」といった特集やランキングを山のように出しているが、その中でB'zのアルバムが選ばれているのを見たことがない。
同じく大衆的な人気を獲得しているMr.Childrenやサザンオールスターズは批評的に評価されていることも多いが、B'zが真っ当に評価されている音楽雑誌の記事などはほとんど読んだことがない。
B'zの音楽的な下地にあるのは洋楽のハードロックやヘヴィメタルなので、それがサブカルチャー的なロックとは同列に語られない要因を作っているのかもしれないとか、そもそも音楽批評と縁遠いのはビーイング(音楽事務所)所属のアーティスト全般に言えるような……などと考えはするものの、本当のことはよくわからない。
いずれにせよ、35年のキャリアのある、シーンを確実に席巻したバンドが日本のロックの文脈の中で語られないのは違和感がある。どなたか、B'zの音楽批評を書いてくださるライターさんは居ないのだろうか。
長くなってしまったので、アルバム『IN THE LIFE』にまつわる思い出をもう一つだけ。
B'zにずっぽりハマってしまった中学生の僕は、B'zを教えてくれたKと毎日のように談義をした。
そしてその熱をどうにか発散しようと、僕たちは暇を見つけてはカラオケに行き、フリータイムをB'z縛りで歌い続けるというイベントを何度も開催した。
僕たちはそのイベントを『快楽の部屋』と名付けた。アルバム『IN THE LIFE』の3曲目に収録されている楽曲の名前だ。
『快楽の部屋』では毎回「アルバムの1曲目から最後の曲まで順番に歌う」「曲の頭文字50音順に1曲ずつ歌う」など課題を課して、声が枯れるまでB'zを歌った。
そして、毎回必ず二人でイベントの表題曲を歌った。
B'zはちょっと卑猥な歌詞もわかりやすい。二人でカラオケのソファの上に立ち上がって、バカみたいに腰を振ってゲラゲラ笑った。
僕はすっかり大人になってしまった。B'zのまだ見ぬCDを中古ショップで見つけた時の興奮も、B'z縛りのカラオケの熱狂も、遠い日の思い出になってしまった。
でも僕はB'zの音楽と共に大人になった。いまも通勤電車の中で、湯船に浸かりながら、あるいは晩酌をしながら、何百何千回と聴いたB'zの音楽をまた聴いている。IN THE LIFEとは、これまたわかりやすいタイトルだ。B'zは間違いなく僕の生活に根ざしている。
明日はめんどくさい会議があるから、『シンパイナイモンダイナイ』と唱えてから家を出ようと思う。