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連作SES営業短編 第四話 美人営業

打合せを終えて16時。秋から冬。陽は落ちかけている。
会社に戻ると社内がざわついていた。後輩がやけに興奮した口調で何とか坂の誰々にそっくりだとまくし立てる。
面接中の社長に呼ばれ、営業として採用するから面倒を見てくれと言われた。
隙のない笑顔を張り付けた、冷たい印象の美人が会釈をした。

前職は美容部員だったという彼女は仕事覚えも早く、周囲からの評判も良かった。
SES営業は個人勝負で自社社員は奪い合いだ。参画案件を自分が決めれば金になり、他の奴が決めても一銭にもならない。
面倒を見てくれとは言われたが知識や経験は大した武器にはならない商売だ。最低限のルールとマナーを教え、適当にやってみろと放り投げただけ。
彼女は入社して最初のひと月で初稼働を決め、3ヶ月目には争奪戦に加わった。

決裁者は大体おっさんで、そういう奴らに彼女は強かった。美人は得だ。
俺が提案しても決まらない問題児が彼女の提案なら決まった。
彼女は稼働数を稼ぎ、けれど問題児を多く抱えることになった。

問題児ってのは、勤怠が悪い。仕事が出来ない。人格に問題がある。そんな奴らで。
ロースキルSESはそんな社会不適合者の受け皿になっている側面もある。
うちみたいな会社にだって存在意義はある。

言い寄る男は社内外を問わず多かった。
彼女は誘われれば断わらず、けれども酒は一滴も飲まず食事も大してとらず、深くない時間に帰った。
枕営業をしてるなんて噂もたったが俺達の仕事にそんな価値はない。美人は損だ。
冬の一番寒い時期。事件は起きた。

精神的に不安定なIT事務員がいた。
無断欠勤があり彼女はそいつの家に向かった。
事務員は自社の営業と付き合っていたが最近急に冷たくなった。メンタルを崩していた。
そういえば男と彼女が談笑しているところを見た。彼女のせいだ。
頭痛がする。吐き気もする。全部彼女のせいだ。チャイムが鳴った。

それは誤解でしかなかったが事務員は思い込んだようだった。
ドアを開けていきなり彼女に殴り掛かった。
そしてそれを隣人に見られた。警察沙汰になり事務員は解雇になった。
彼女はその綺麗な顔に何発か貰い、俺は連絡を受けて彼女を病院に連れて行った。

病院からの帰り道で少しだけ彼女と話した。
この仕事は大変だし、人から感謝もされない。
それでもこんな場所でしか生きられない人もいるし、自分もその一人だ。そういう人たちの手助けは悪くない。
彼女はそう言って笑顔を見せた。初対面で見せたつくり笑顔とは違ってた。

それから何日か経ち、彼女の顔の腫れが引いた頃。
うちの喫煙所は非常階段で、薄暗くて寒い。
煙草を咥えて外に出ると階段の上に彼女が背を向けて立っていた。煙草は吸わないはずだ。震えながらスマホを見ているようだった。
声を掛けた。振り向いた。涙を流していた。

スマホ画面は社内SNSを表示していて、そこには彼女の過去が暴かれていた。
どんな過去なのかは言いたくない。
決して彼女に非があるって話ではないことは強調しておく。
犯人はクビになった事務員で、アカウントが消される前に投稿したようだった。
社内だけでなく、広く各種SNSにばら撒かれていた。

退職の日まで彼女は普段通り出勤した。好奇の目に晒されても。
彼女は仕事を続ける事を希望したが、社長は取引先からのクレームを理由に突っぱねた。
最後の日、いつも通りの冷たい微笑を張り付けて彼女は一人ひとりに挨拶し終えると俺を喫煙所に呼び出した。
告られるかと思ったが違った。残念。

彼女は別の会社でロースキルSES営業を続けると言った。
長くやる仕事ではないと俺は思うが人それぞれだ。
彼女は向いているし成績抜群。美人って武器もある。そして強い。
次に会うときは味方かもしれないし敵かもしれない。
冷たく強い風が吹いていて、彼女は笑顔をみせた。


おまけの用語解説
IT事務:
昭和で言うところの腰かけOL的な仕事。
ただし失われた数十年によって【寿退社からの専業主婦】ルートが期待出来なくなった現代においてはスキルのつかない「若い時間の換金」であることが多い。

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