連作SES営業短編 第三話 24/365運用監視
俺はロースキルSES営業として、無知なガキ共を食い物にしてる自覚がある。
換金出来そうなら採用、出来なさそうなら不採用。
入る案件はなるべく長期が良い。営業する手間が省けるからな。
うちに来るようなのは何も考えたくないって奴ばかり。とにかく楽が出来ればいい。
そういうガキの若さを換金するのが俺の仕事だ。
奴らのキャリアなんて知ったことじゃない。
24/365案件ってのがある。
24時間365日止められないサービスを運用監視する仕事だ。
ロースキルSES界隈ではよくある業務のひとつで、うちの会社だと男なら運用監視、女ならIT事務に放り込むのがひとつの定石になってる。
だから採用面接の時、男には夜勤が発生する事もあるが対応出来るかは必ず聞く。
奴は自身なさげに多分出来ると思います。そう答えた。
そいつは開発志望だと言った。
自作のゲームアプリを俺に見せた。Javaのソースコードを俺に見せた。資格の勉強もしてると熱弁した。
俺は適当に流した。
こいつがこれからやる仕事に必要ないから。
現場は24/365のサーバ監視で、そこに俺は10人近くのガキを放り込んでいる。
そいつらも最初は開発がやりたいとか言ってたが、だんだんと口にしなくなった。
朱に交われば赤くなる。楽な環境に甘えて堕落する。こいつもそうなる。
予想に反して奴は開発を諦めなかった。
現場の他の奴らがスマホゲームをしている中、勉強をした。コードを書いた。ものをつくった。資格を取った。俺に開発をやりたいとアピールし続けた。
24/365に入ってから1年後、奴の現場近くで会った。夜勤明けの朝9時前。
一通りヒアリングを終えて、俺は奴に聞いた。
何でそんなに開発がしたいんだ?
自分が作ったものをみんなが喜んでくれたら嬉しいじゃないですか。
夜勤明けの青白い顔で、だけど眼だけは輝かせて奴は言った。
駅前で別れる事にした。奴は退勤だが俺はこれから出勤だ。
出社の会社員が大量に吐き出される改札口。
人の波に逆行して奴は改札に向かう。
多分気の迷いで、俺は奴を追いかけて呼び止めた。
開発やるか?
はい。
未経験を単品で受け入れる開発現場なんかほとんどない。
用意できたのはJavaとCOBOLが混在してるようなレガシーな環境だった。それでもプログラミングが出来る。奴は喜んで面談を受け、通った。未経験のレッテルが剥がれてからの奴の成長は早かった。
3年が経って奴に呼び出された。
言われなくても要件はわかった。
「退職を考えています」
知ってる。
「知り合いの自社サービスの会社に誘われていて」
それも知ってる。
「経験を積ませてもらって本当に感謝してます」
こうなる事はわかってた。
それでも。奴のキャリアパスをつくるのは面白かった。成長していく様が面白かった。
奴の分のマージンは痛いけど、本業のロースキルは掃いて捨てるほどいる。
意外と晴れやかな気持ちで奴と別れた。
おまけの用語解説
開発志望:
ITに参入する未経験の九割方がこれなのだが。
この10年程でSES市場は悪化の一途を辿っていて、新卒を除く未経験者が初手から開発経験を積めるのは稀。
ITは入り口で目詰まりを起こしている。打開策はまだ見つかっていない。