連作SES営業短編 第十五話 脱出の可能性
SES企業には二通りしかない。
搾取する為だけの会社と何者かになろうとしている途中の会社だ。
今回は俺自身が目を背けていた、何者かになる為の可能性の話。
SES会社にとって採用活動は重要だ。ヒトが商品だからな。
だからバックオフィスは役職関係なく手分けをして採用を行う。
その日は社長が面接対応をしていて、呼ばれてブースに入った。
対面に座っていたのは縁のない眼鏡を掛けた、柔和な印象の男だった。
経歴書を受け取る。
小規模ながら要件定義からリリースまでの一連を複数回経験している。
環境も今風。コンテナ周りやオーケストレーションツールも触っている。
金になるスキルシートだ。仕事なら幾らでもあるだろう。当然の疑問が浮かぶ。
Youは何しに場末のSESへ?
そいつは組織戦がやりたいと言った。
これまで所属していたのはいわゆる高還元SES。人月単価に応じて給与が決定される仕組みの会社だ。
求められるのは個人の金額を最大限吊り上げる事。
仕事終わりの時間を勉強に充て、現場にも恵まれて単価は向上した。
それによって確かに給料は上がった。だけどそれがなんだ。そう思ったと言う。
後進を育成してチームで開発する。それが奴のやりたい事だった。
ゆくゆくはチームを率いて案件を開拓したい。
今の会社では仕組み上不可能で、それが出来る会社を探して転職活動中。
「御社では出来ますか?」
志は立派だが世間知らずだ。
うちにそれが出来るかどうかは少し調べればわかる事。
だが奴の言う組織戦が出来るようになればメリットはでかい。
あんたもSES関係者ならわかるだろう。新人投入可能な開発案件は喉から手が出る程欲しい。
全く自信はなかったが俺はイエスと答えた。
入社時期は1ヶ月半後の11月と決まった。
それまでに参画プロジェクトを見つけなきゃいけない。
奴を単独派遣することは簡単だがオーダーは組織戦だ。
まずはバーターで参画、後々増員可能なプロジェクトであり、商流である必要がある。
普段やってる5次請けなんかのSES商流は使えない。
相棒選びも重要だ。
うちの若手に開発志望は多いが、実際に勉強してるとなると一握り。開発したいなんて口にはするが、低め安定に満足しきってロースキル案件に塩漬けになっている様な奴らだ。
更に今回は若手が成長して戦力化するとこを見せつけなければならない。じゃないと次が続かないからな。
俺が声を掛けたのは24/365監視あがりの苦労人。
CobolとJavaが混在した現場を経て、今は2つ目の開発現場に参画中。実務経験は1年程だ。
失敗は出来ない。
俺は人生で初めて経歴偽装に手を染めた。
スキルシートから開発の項目を消して、単価も半額に落とす。偽新人をでっち上げた。
本人にミッションを伝える。
客はお前を未経験だと思って舐めている。
最初からパフォーマンスを発揮してくれて構わない。
この位出来て当然ですよって顔をしていればいい。
営業は難航した。なんせ俺にとっても初めての経験だ。
惰性で何とかなるSES営業とは全く別の動きになった。
それを俺は面白いと感じた。仕事に面白さなんて求めた事なかった筈だ。
俺は、うちの会社は、変わるかも知れない。
1ヶ月掛かって人づてに繋がったのは、でか目のセカンダリー企業だった。
お世辞にも評判が良い会社ではない。けれども体制構築が望める商流だ。
面談はすんなり終わった。
リーダーは受け答えはまるでお手本の様だったし、偽装新人は若干まごついたものの致命傷には至らなかった。
2名セットでのプロジェクト参画が決定した。
宵の口のSL広場は行き交う人と街宣車の騒音でひどくうるさい。キックオフ飲み会の待ち合わせ15分前。
今回の計画が上手くいけば俺達はSES領域を脱出出来るかも知れない。
時間は掛かるだろうし、完全に、とはいかないかも知れない。計画が頓挫する可能性だって低くない。
それでも。
俺達は誰かを食いものにするビジネスから抜け出せるかもしれない。
雑音が少しだけ遠くなった喫煙所には煙が立ち込めていて、その中で俺は、希望を待っている。
おまけの用語解説
ITベンダー:
SIer(システムインテグレーター)商流はピラミッド構造になっていて下から上は見えない。上から下も見えない。
ケースによるが2次請、3次請位までの上層はITベンダー(ITを売る会社)。
下層はSES、つまり派遣法の外で行われる実質的な人材派遣の会社だ。
上層と下層は全く違うビジネスを行っているが、それぞれは互いを似たようなものと認識していて、だから齟齬が生まれる。
間に入るエージェント(SES、ブローカー含)に隠されて互いの姿が見えないからだ。
本来SESはITベンダーになる為にヒトやカネをつくる手段だった筈だけど、それ自体を目的にする会社が現れた。
だから層が分断された。
その方が奴らにとって都合が良かったからだ。
SESが上層に昇る事は難しいが不可能じゃない。
あんたがSESに所属しているのなら、あんたは、あんたの会社はそれをどう捉えるか。
目を背けるべきじゃない。