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連作SES営業短編 第十四話 支払遅延

経理から連絡を受けたのは、打合せを終えて客先のビルを出たところだった。
木枯らし1号が吹いていて、電話が聞き取り辛い。
今日予定の入金がされていない。至急確認してくれ。
通話を切ると液晶には時間が表示された。14時36分。

SESを生業にしていると入金トラブルはたまにある。
うちみたいな会社の相手をしてくれるような零細SESはキャッシュフローに問題を抱えてる事も少なくない。
入金されてからでないと支払いが出来ない。面と向かって言われたこともある。
火の車で突っ走る自転車操業だ。

それはうちだって似たようなものだ。
取引先が倒産すれば売掛は回収不能になる。
キャッシュが足りなくなって社員に給料を支払えない、なんて事になりかねない。
俺は早足で駅に向かった。

取引先の社長は電話に出ない。
銀行は15時までだ。これは間に合わないなと思いながらも上位会社に向かう。新宿から高田馬場へ。
着いたのは15時ジャスト。その間に掛けた不在電話は15件。

上位会社の事務所はマンションの一室だった。
俺はチャイムを鳴らし、相手が出て来る数秒の内に気持ちをつくる。イメージは取立てに来たやくざだ。
顔を見せたのはデザイナー見習い兼事務員として派遣されているうちの社員だった。

簡易な応接室に通されて、俺はいつもより足を大きく開いて座った。
今は相手方の自社社員に社長はいつ戻るか聞く。そろそろ戻ってくる頃だと、か細い声で伏し目がちに答えた。
こうして俺は、また社内での評判を落とす羽目になった。

社長が戻ってきたのは1時間後だった。肌寒い日なのに額には汗を浮かべている。
あちこち駆け回って金策に成功したらしい。妙にテンション高く平謝りされる。
会ったのは2度目だが、こんな軽薄な印象だったか。思い出せない。
貧すれば鈍す、を体現しているだけかも知れない。

明日には入金します。社長はそう言ったが信用は出来ない。
俺の目の前で振込をしてもらう。そう告げた。
それで俺達は、歩いて5分のATMに向かった。
俺は落語の付け馬を思い出していた。

それから数ヶ月は入金トラブルはなかった。
それでも財務状況が劇的に改善する事はないだろう。俺は警戒してアサインしている社員の撤退を進めた。
長い冬が終わって春が来る。
参画要員があのデザイナー見習い一人だけになった頃、その連絡は入った。

呼び出されたのは恵比寿の貸会議室だった。
受付は社員だと思われ、怯えながら手続きをしていた。既に何人かに怒鳴られでもしたんだろう。俺はあの日のデザイナー見習いの目を思い出した。
無駄に広い会議室に50人程の債権者が集まった。

見せられたのはただの茶番だ。
倒産の理由は理由になっていなかったし、社長の土下座は誰の心にも響かなかった。
売掛が不良債権になって損金として処理されることは確定している。
会計に明るくない数人の個人事業主が声を荒げたが、結果が変わることはない。

うちの損害はデザイナー見習いの単価1ヶ月分。
痛くはあるが経営に影響する程ではない。順次撤退していたことが功を奏した。
何回目かの土下座を繰り返す社長を横目に会場を後にした。


おまけの用語解説
キャッシュフロー:

あんたは自分の給料が給料日の何時頃振り込まれているか知っているか。
朝一の段階で入金されていないのであれば、その会社はやばいかも知れない。
考えられる理由は大きく2つ。
担当者(社長がやっているところも多い)のミスもしくは怠慢。
もう一つはキャッシュ不足だ。

エンジニアが客先で働いてから人月単価が支払われる迄には時間差がある。大体の場合、月末に締めてそこから30日~60日(前営業日)の間に支払われる契約になっている。
同時に会社は従業員に給与を月1回以上決まった日に支払う事が法律で定められている。
ここにギャップが生まれる。
入金はまだでも支払いは待ってくれない。

資金が潤沢な大企業ならいざ知らず、日本の会社の99%以上は中小企業だ。
多分あんたが思っているよりもずっと、会社とか社会とかはぎりぎりでまわっている。


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