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連作SES営業短編 第十話 多重下請

中小のSES企業では社長が営業を兼ねてることが多い。SESのビジネスモデルしか知らないからエンドから末端に至るまで多重派遣がずっと続いていると信じてる。
今回はそういうシャチョさんに起こった悲(喜)劇。

一斉配信メールのタイトルにはチームリーダー1名募集とあった。
馬鹿か。リーダーはメンバーを抱き合わせて売りたい。ピンポイントでリーダーだけ単品派遣で寄こせとか言われて応じるお人好しはいない。

SES営業には毎日数百件のそういう馬鹿げた案件情報が届く。
関西では梅雨入りが宣言された5月末。こっちは捌ききれなかった4月入社の未経験の営業で忙しいってのに、メールを流した当人からの電話が鳴った。

心当たりはない、他をあたってくれ。そう告げると奴は力なくそうですか、と返した。
そいつはどこかの交流会で出会った50人規模のSES会社の社長だ。30代前半位。
浅くて薄い。それが奴の印象だった。
それでも年収は1000万オーバー。ちょろい業界だって俺でも思う。

興味本位で聞いた。なんでリーダーだけ必要なのか。
奴の話は長くて要領を得ない。俺は聞いたことを後悔しながら奴の話を頭の中で組み立て直した。つまりこうだ。

奴は商流を改善したかった。SES領域、つまり多重派遣では1社挟む毎に数万のマージンが抜かれる。商流が浅ければ懐に入る金額は大きくなる。当たり前だ。俺の金がピンハネされてる。奴はそう感じた。
それで営業に命じてSIerに突撃させた。殆どは相手にされなかったが奴が言うところのプライマリ級が1社引っ掛かって契約が決まった。そこはプロジェクトを主幹できる規模ではないとは思うが俺は言わなかった。

上位会社からはリーダーを含めた体制を求められたが、社員も社長も単品派遣、つまりSESの経験しかなかった。
チームとしてPMと話ができる奴が誰一人いない。進捗は遅れ、けれど交渉も出来ずメンバーは疲弊した。

だからリーダーを募集している。奴はそう言って話を終えた。
SES以外のビジネス構造を知らないし想像もできない訳だ。俺はそう理解して通話を終えた。付き合うだけ時間の無駄。

長い梅雨が続いていた。湿度の高い曇天の午後、奴から一斉配信が届いた。
お陰様で募集ポジションは充足しました。
まじか、とは思ったが常識を超えてくる奴はいるんだろう。勝手にやってろ。

梅雨が明けると猛烈な夏が来た。
別件の面談引渡しで例の社長に会った。狭い業界。
厳しい日差しから逃げる様に喫茶店に入って件の顛末を聞いた。

SES平場市場で見つけたリーダーはいわゆるブリリアントジャークだった。有能だけど悪影響が強いってアレだ。メンバーは病み、数人が休職に追い込まれたそうだ。
社長はプロジェクトから逃げる事を選択。準委任を盾に一方的に契約解除を申し出た。それなりに揉めたが逃げ切った。と言う話を被害者ヅラの社長から聞いた。

中間会社がいる事って大事なんですね、それが奴の学びだったらしい。
SESなら責任範囲が狭くて楽。これからは商流挟んでのんびりやっていこうと思ってます。
奴は悪びれる事なくそう言った。

この話の教訓はなんだ? そんなものはない。
この世界には馬鹿がいて、そいつも、そいつに乗せられて社員になった奴も救いようがないってだけだ。
SES領域はそういう奴らで構成されてる。
俺もその中の一人だ。


おまけの用語解説
多重下請:

一言にSI商流といっても各ポジションでビジネスモデルや役割は違う。
多重下請の是非は一旦置いておいて、ピラミッド構造は大雑把に以下の3パターンで成り立っている。

システムインテグレーター略してSIer。
システムをインテグレーション(接続/結合)するからSIer。
事業会社や官公庁等のエンドユーザーから受注してプロジェクト化。プロジェクトを主管する。納品すると儲かる。
また、ヒト/カネ/保険のリスクテイカーとしての機能を持つ。その為には大資本が必要なので「中小SIer」というものは原則存在しない。誤認か嘘のどちらかだと思う。

二次請。セカンダリって呼び方もする。
SIerでインテグレーション/結合する為のパーツをつくる。
責任者が必要。配下に自社社員だけでなく、他社社員をいっぱい入れると儲かる。
SIerと誤認されている(させている)セカンダリもある。

ここまでがいわゆるSI商流。

そして人材会社。エージェントとかも含む。二次請のチームに参画。
派遣、または多重派遣を行う。
薄利多売モデルなので社員数が多いと儲かる。

で。
SESはこの人材会社にあたる。
上位とはビジネスモデルも勝ち筋も違う上に、構造が見えない事が多い。
人材会社モデルしか知らない奴が不満を持って退職、新たに人材会社を起業する。
IT業界の下層では縮小再生産の無限ループが続いている。

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