連作SES営業短編 第十一話 返金保証
詐欺みたいなプログラミングスクールはごまんとあって、奴らが売るのはキラキラしたイメージだ。まぁ俺の仕事と大差ない。
今回は俺が目撃した被害者の話。あの夏に出会った寒い奴。
先に言っておくが特に救いはない。
その夏は観測史上最高の猛暑になった。
熊谷で日本歴代最高気温を更新した午後、採用面接のブースにそいつはやって来た。
ベージュのセットアップの下は白T。韓流アイドルみたいなマッシュヘアの前髪に隠れた目が忙しなく辺りを見回す。
あまりうちには来ないタイプ。それが奴の第一印象だった。
そいつは会社について何も調べていないようだった。
まぁうちの面接に来るのは大半がそんな奴らだ。大した問題じゃない。
ただ珍しいタイプだったこともあって普段は聞かない志望動機を一応聞いた。
聞けたのは一部界隈では後に有名になる邪悪なビジネスの話。
マッシュは100%転職保証を謳うプログラミングスクールに通っていた。
受講料は3桁万円に少し届かないくらい。大金だ。
それでも卒業すれば楽で自由でキラキラした職場が手に入る。
転職先が見つからなかったとしても受講料は満額返金される、そう聞いて借金で受講料をつくった。
当然裏はある。
スクールの設定する返金保証にはいくつかの縛りがあった。
その最たるものが「転職意志」で契約書の隅に小さく書いてあったらしい。
週に50社(!)以上応募しなければ転職の意志なしと見做されて返金の対象にはならない。
意志を示すのは簡単じゃない。
だからスクール生はどんな会社かは関係なく、ホームページすら確認せずに大量応募を繰り返す。
各社採用担当はそいつらに付き合わされる羽目になる訳だ。
会社に関心のない、入社意志も特にない奴らがイナゴみたいに採用工数を食い潰す。
それは実際に起こった。当時採用に関わっていた奴ならみんな知っている話だ。
俺はそいつに内定通知を出した。
うちの会社はロースキル案件にぶち込むだけだ。スクールなんか関係ないし稼働さえしてくれればそれでいい。
もっとも、このタイプは入社日に連絡なしでばっくれる奴も多い。
カモを信用なんかしない。SES営業としての日々の中で俺は既に学んでいる。
マッシュは入社日に現れた。それ程切羽詰まっていたのかも知れない。
その日の内に経歴書をばら撒いて、3日目に面談をクリア、入館申請の都合で1週間待たされはしたが10日目には入場した。
そして20日目でとんだ。
まぁこんなもんだ。想定内。
俺は客に平謝りしつつ、0.3人月分の単価をしっかり請求した。
夏が終わっても気温はあまり下がらなかった。台風が近づいていて湿度の高い朝。
いつものようにメールチェックしていると一通の配信メールが目に留まった。
添付された経歴書のイニシャル、年齢、最寄り駅はマッシュと同じだったが単価が20万程高くなっていた。実務経験は2年。
経歴偽装だ。
俺が知っているのはここまで。その後奴がどうなったのかは知らないし必要もない。
騙されて、流されて、奴とはもう会うこともないだろう。
あの夏はそんな奴らが大量発生した。そして情弱共は今現在も騙され続けている。
俺は助けない。ただ眺めるだけだ。
おまけの用語解説
プログラミングスクール:
一部では風向きも変わってきてはいるようだけど、採用担当者でスクールに良い印象を持っている者は多くない。もちろん悪いスクールばかりじゃないけど先入観てのはそういうもんだ。
これからスクールで学ぼうって奴はそれくらいは知っておいた方がいい。
スクール事業で儲かっている会社は多くはないようだ。
最近理由があっていくつかの運営会社の決算書を取り寄せた。
もちろん全てを見た訳じゃないし、会社によって状況もフェーズも違うのが前提なのだけど、各社中々に大変そうな経営状況に見える。
で。
今回の話のモデルになったスクールとかが「御社の研修にスクールの教材を使いませんか」的な営業電話を掛けてきやがる訳ですよ。
苦しいんだろう。別の稼ぎ口を模索してる様子。
俺は上品な人間なんで丁重にお断りするんだけど、結構な暴言吐く人もいると思う。当たり前だ。
悪質スクール勢は自分たちがどれくらい嫌われてるか自覚した方がいいぜ?